日本のポップス界での活躍を捨て、ジャズ・ピアニストになるべく47歳で渡米した大江千里さん。それから12年目となる今、5枚目の前作『Boys&Girls』は全米のジャズラジオチャートで70位に。ライブ活動は全米からヨーロッパにまでと広がっています。9月4日に発売された6枚目のアルバム『Hmmm』も、さらに磨きのかかったオリジナル9曲を収録。還暦を前に振り返る人生と、音楽への冷めやらぬ思いを4回にわたり、語ってもらいました。インタビュー最終回は、彼の人生観を。還暦を前にしても飽くなき挑戦を続ける姿勢と、人との関わりを大事に生きる姿がわかります。(聞き手/森 綾、撮影/榊 智朗)

【大江千里インタビュー4】音楽はダイレクトに人とつながるビジネスになった

僕は無宗教ですが、心に神様がいる。そういう存在を身近に感じることが多いです。

――お話を伺っていると、確かに、大江千里もSenri Oeもラッキーですね。でも、私も54歳まで生きてきて思うのですが、最初のラッキーは「芽」みたいなもので、それをどんなふうに誰とどう本物のラッキーにするかのような気がするんですよね。

大江 ラッキーと関係があるかどうかわからないのだけれど、僕は小さい頃父の影響で毎週カトリック教会に通ってました。これだけ世界に震災や争いが絶えないと普段はそれほど意識しないんだけれども、例えばブルックリンの街を歩いていて教会の前を通るとふと胸に十字を切ったりします。体調がすぐれなかったり何かに迷ったりすると教会の屋根の先の十字を見上げそっと祈りを捧げます。どうかうまくいきますように、元気でいれますようにと。小さい頃からの習慣みたいなものですね。

――ライブの前に祈ったりしますか。

大江 毎回ではないですが。ライブの前に呪文のように、必ず最後にはオーデイエンスにこの想いが届きますようにと、いい格好などせず素直に演奏できますようにと、心の奥で静かに唱えます。

 そうすることによって心が静かになり、きっと何かに守られるような感覚になれることってあるような気がするのです。

 ブルックリンの街ではベイビーカーを押している人が階段のところにいると手伝います。落し物をしたら「落としたよ」って伝えます。困っている人がいたらその場で助ける。別に見返りなんて求めているわけではなく。ただ今度は自分が体調が優れなくて困ったりしているときに全然知らない人にふと「大丈夫?」「助けを呼ぼうか?」などと声をかけられることがあって、あ、これはもしかしたら神様が見ていて、この前誰かを助けたので今度は僕をこうやって助けてくれたのかもしれないなと思ったりすることがある。僕は無宗教ですが、心に神様がいる。そういう存在を身近に感じることが多いです。NYではこういう無償な手助けが街角で頻繁に交換されていて、それも見た目がいかつかったりそんなに裕福には見えない普通の人が率先して誰かを助けたりするのです。「無償の精神」が人から人へリレーされてるのがこの街の魅力で、心がほっこりする瞬間です。