フレームワークと中途半端な理論の紹介がごちゃ混ぜのMBA教科書

 例えばファイブ・フォースやジェネリック戦略といったフレームワークは、MBAの経営戦略論の教科書には必ず載っている。それはフレームワークそのものの有用性もあるかもしれないが、加えて「SCPというきちんとした経営理論から落とし込まれたもの」(=タイプ2)という裏付けがあるからだ。

 しかし先ほど述べたように、「SCP→ファイブ・フォース」のようにきれいに落とし込まれる例は極めて少ない。したがって教科書の残りの部分は、経営学者が理論をそのまま紹介することになる。逆にこの理由で、理論の紹介の方は断片的・表層的なことがほとんどだ。例えば、グラントの経営学の教科書では「取引費用理論」には3ページしか割かれていない。「組織エコロジー理論」はわずか2ページだ。

 要するに、「確立されたフレームワーク」と「実に中途半端な理論の紹介」がごちゃ混ぜに掲載されているのが、現代の大部分のMBAの教科書なのである。実は一般に「経営学書」といわれるものにも、読者への説明なしに両者を混同しているものは非常に多い。一方で、whyに応えるための経営理論の一つひとつを基本原理から丁寧に、深く説明することはほとんどない。

ビジネスパーソン必修の「理論・フレームワーク」5つの見分け方
(図表2)拡大画像表示

経営理論をビジネスパーソンに直接届け、Whyの腹落ちを目指す

 これで本書の意義が、さらに明らかになったのではないだろうか。図表2で言えば、『世界標準の経営理論』本書が目指すのは第2ルートだ。つまり図表2の左側、すなわち、世界の最先端で経営学者たちが発展させてきた「経営理論」のうち、「標準」といえるものを約30選び抜いて、それを体系的に、基本原理から丁寧にわかりやすく紹介することだ。第2章などの例外を除き、フレームワークは本書ではほぼ紹介しない。フレームワークはwhyに応えないので、思考の軸にならないからだ。むしろ、whyを考えずに闇雲にフレームワークだけを当てはめることは、ビジネスパーソンの思考を閉じ込めることになりかねない、とすら筆者は考えている。

 したがって本書の作成にあたって筆者が参考にしたのは、筆者自身が米国のPh.D.で学んだ時のシラバス(履修要項)の数々や、現地で教員としてPh.D.の授業に関わった際のシラバスである。さらに言えば、筆者は本書の執筆にあたって国際的な学界で活躍する経営学者からも、Ph.D.のシラバスを取り寄せて参考にしている。それらには世界の学界で重視されている経営理論と、それを提示・検証した大量の論文リストがあるからだ。MBAの教科書は一切参考にしていない。

 結果として本書では、世界標準の経営理論が十分にカバーできていると自負している。終章では、その検証も試みているので、関心のある方はお読みいただきたい。

世界の経営学のトップ学術誌にはランク付けがある

 本書では様々な経営理論の論文や、理論を検証する実証研究論文を数多く紹介する。ここで皆さんが関心あるのは、「その論文の質が担保されているのか」ということだろう。世界の経営学では、このような論文が掲載される学術誌(ジャーナル)の間に、いわゆる「序列・格付け」がある。

 世界的に見ると経営学の学術誌の数は非常に多く、レベルも玉石混交だ。誰もが論文を掲載したがる(しかし掲載はとても難しい)トップ学術誌から、筆者も認識できていないものまで数多くある。学術誌の間でも、少しでも序列の上に行こうとする激しい競争が国際的に行われているのだ(したがって、世界標準の経営学術誌はすべて英語で書かれている)。

 その競争の結果、世界の経営学でも最高峰に位置する学術誌が大まかに9つある。それを研究者は「Aジャーナル」と呼ぶ。はっきり言えば、世界のトップ校にいる学者の人生は、このAジャーナルに論文を何本載せられるかでほぼ決まってしまう。野球選手が打率や勝利数でキャリアを決められるのと同じだ。

 とはいえAジャーナルの選定に公式な認証機関があるわけではなく、それは学者のコンセンサスによるものだ。欧米では任意にAジャーナルの基準を設け、ウェブページに公表している大学も多い(その基準で教員の昇進・採用・解任を決めるためだ)。以下の9誌は、筆者がニューヨーク州立大学バッファロー校に在籍していた当時の同校の戦略部門、および組織行動論部門のAジャーナルである。筆者の認識では、この9誌が世界的に(少なくとも北米や欧州、中国・香港・シンガポールのトップ校では)「Aジャーナル」と見られているということで、学者のコンセンサスはほぼ得られているはずだ。

 Academy of Management Review (AMR)
 アカデミー・オブ・マネジメト・レビュー
 ──Aジャーナル唯一の、経営理論の専門誌。

 Academy of Management Journal (AMJ)
 アカデミー・オブ・マネジメト・ジャーナル
 ──経営学Aジャーナルの看板的存在。

 Strategic Management Journal (SMJ)
 ストラテジック・マネジメント・ジャーナル
 ──戦略論の最高峰誌。同じく看板的存在。

 Organization Science (OS)
 オーガニゼーション・サイエンス
 ──イノベーション・組織学習に特に強い。

 Journal of Applied Psychology (JAP)
 ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー
 ──組織行動論、人的資源論専門の最高峰誌。ミクロ心理学を使った論文が多く掲載される。

 Management Science (MS)
 マネジメント・サイエンス
 ──経済学ベースの理論や、高度なデータ分析と相性が良い。経済学者が論文を掲載することもある。

 Administrative Science Quarterly (ASQ)
 アドミニストレイティブ・サイエンス・クォータリー
 ──多くの経営学者が「最難関」と位置付ける学術誌。ただし理論が心理学・社会学ベースに偏るなど、クセもある。

 Journal of International Business Studies (JIBS)
 ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ
 ──国際経営論の最高峰誌。

 Journal of Business Venturing (JBV)
 ジャーナル・オブ・ビジネス・ベンチャリング
 ──アントレプレナーシップ研究の最高峰誌。最近のアントレブームでAに指定する大学が出てきた。ただし、大学・学者によっては異論もある。

 大まかに言えば(JBVは異論もあるかもしれないが)、この9誌がAジャーナルと考えていただきたい。本書で紹介する論文の大部分も、ここから選ばれている。