アジャイル・スクラムも
SECIモデルがベース

編集部:同じ繰り返しではなく、議論を通じて新しい仮説を考え、実践し、検証するサイクルにしないと、新しいものは生まれませんね。

いまこそ、知の作法を身につけよ(後編)Photo by Bunpei Kimura(以下同) 拡大画像表示

入山:先日、スタートアップと大企業をつなぐ活動をしているデロイト トーマツベンチャーサポート代表の斎藤祐馬さんが、「日本で新しいことや面白いことができている人に共通するのは、危機を感じた経験だ」と指摘していました。たとえばいま、女川など宮城で面白い企業がどんどん出てきていますが、それは震災を経験して、人間は死ぬかもしれないとリアルで感じたからだと。一方、いまの大手企業のサラリーマンは、戦後の経営者のように戦争経験もなく、自分の命がかかるほどの震災経験もしていない人も多い。この差が大きいというのは、なるほどなと思いました。

いまこそ、知の作法を身につけよ(後編)野中郁次郎教授 拡大画像表示

 去年、日本でスクラム・インク・ジャパンの設立セミナーがあり、そこにサザーランドが来ていろいろと議論したのですが、彼のモデルのべースにはSECIモデルがあります。スクラムでは毎朝15分立ったまま、チーム全員で昨日の振り返りと今日やることの共有をしますが、ここで起こっているのが、無意識の暗黙知を意識化して共有し、形式知化し、さらに身体化すること。さらに、そこから先読みもできるのです。

野中:面白いですね。それで思い出したのですが、アジャイル・スクラムを開発したジェフ・サザーランドは、ベトナム戦争の時に、偵察機のファントムのパイロットだったんです。命を懸けた経験の後で、たまたまコンサルティングをやって、アジャイル・スクラムを開発したのです。

編集部:形式知化によって、なぜ先読みが可能になるのでしょうか。

野中:ベンジャミン・リベットの時間論では、人間は0.5秒、身体の感覚よりも、脳の意識が遅れるということを説いています。膨大な無意識の暗黙知を、身体全体では感知しているのですが、「ここで何かをする」という問題意識を持たない限り、無意識は意識化しません。逆に、暗黙知が覚醒されると、現在を起点に過去が未来とつながる「幅のある現在」により、先読みも可能になる。

 たとえば、振り返りの中で、個々人がいま抱えている問題を挙げます。すると、この先に何が問題になりそうかと先が読めて、チーム全体でそれに向かってすぐに動ける。これがアジリティにつながっていくわけで、相当考え抜かれた仕組みだと思いますね。

入山:ホンダのワイガヤも、無意識を意識化して形式知化するものですよね。青山の本社でワイガヤをやらなくなったから失速したのかもしれません。一方、小型ビジネスジェット機のホンダジェットのようなものは、米国で勝手にやっているから出てくるのだと思います。

野中:海外にいると、本社と距離ができて、社内政治プロセスを排除できるんですね。

 最近、アイリスオーヤマに行って、毎週月曜日に開かれる会議に参加しました。会長、社長がいて、プロジェクトリーダーやメンバーがまっとうに議論します。家庭用品がほとんどなので、女性も多いのですが、堂々とやり合います。そこで全部を意思決定し、いっさいの稟議は必要なく、間接部門は後ろで同席して聞いている。

 そうやって会議で提案した内容が即座にその場で意思決定されますから、稟議も根回しも不要になり、メンバーのモチベーションは上がります。また、消費者視点で考えた案を出し続けなくてはならないという、ある種のプレッシャーも人事制度に組み込まれているので、緊張感が持続し、無意識の意識化がスピーディにできるのです。

いまこそ、知の作法を身につけよ(後編)入山章栄教授  拡大画像表示

入山:それと近いことをやっているのが、コープさっぽろです。組合員が約170万人おり、北海道の生活インフラを一手に引き受けて、ものすごく伸びている組織です。実はこのたび、理事を拝命することになったのですが、理事会にも現場のおばちゃんの代表が何人か来て、顧客目線でガンガン発言し、理事は突き上げを食らう。そうやって議論して決めていくのだそうです。

野中:それすごい。まさにアジャイルですね。

 アイリスオーヤマの場合、もう一つ面白いのは、できるものは全部、内製化してしまうのです。その結果、家庭用品のカテゴリーを超えざるをえなくなり、ノウハウがたまる。社内でプロジェクトを組んだ時には、いわゆる環境に組み込まれている知力がすべて結集され、仲間うちでできるようになるんです。

 いまの取引コスト理論は、いかにコストの安い外部に任せるかという話になっていますが、それでは知がたまらないし、本当にダメですね。

 外製や取引コスト理論を超えるためには、徹底して顧客に密着せざるをえません。顧客目線に立たざるをえないシステムになっているのが、コープさっぽろのすごいところですね。

編集部:取引コストの観点でアウトソースを多用すれば、新しいものは生まれません。リソースや知を集めて、暗黙知を形式知化するやり方を、企業はいま一度考えてみる必要がありますね。

野中:いままで形式論理が跋扈しすぎました。アカデミックレベルで物事の本質を根底に遡って、概念化し理論まで考える。そうやって何が本質かを叩き込む方法論が欠けていました。入山さんの本はそういう知の作法を叩き込み、知を触発するものだと思います。

入山:私が言語化していない、この本で伝えたかった思いを、今日は野中さんに形式知化していただいた気がします。ありがとうございました。

 (※1) スタンフォード大学名誉教授。ハーバート・サイモンとともに『オーガニゼーションズ』(邦訳はダイヤモンド社、1977年。第2版は2014年)を上梓。1991年の論文で「知の探索・知の深化の理論」を切り開く。『世界標準の経営理論』第12章に詳しい。