在宅勤務を始めて1カ月、なぜかぐったり疲れているし夜も眠れない――。こんな人は多いのではないだろうか。「いいことずくめ」だと捉えられがちな在宅勤務には、さまざまな落とし穴が潜む。特集『在宅勤務のメンタル危機』(全6回)の#1では、精神科医や精神保健福祉士、産業カウンセラー、などのメンタルヘルスの専門家に在宅勤務のリスクとメンタル危機の回避法を指南してもらった。(ダイヤモンド編集部 鈴木洋子)
「楽なはず」の在宅勤務、実はメンタル病みのリスクが満載
「ガシャーン」
桐生正人さん(37歳・仮名)は家に響き渡る大きな音を聞き付け、ウェブ会議を中断して慌ててリビングに駆け下りた。そこで目にしたのは、うつろな目をした妻早苗さん(36歳・仮名)が、皿を床にたたきつけている光景だった。
新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が発令されて約1カ月。桐生さんは夫婦とも在宅勤務、5歳の娘が通う保育園は休園中だ。もともと内勤の仕事が主だった正人さんは、なんとか在宅勤務をこなしていた。
だが、外回り営業の仕事をしていた妻は日に日に顔色が悪くなっていった。妻には会社から、客先に提出する企画書の作成や自己啓発などの課題が与えられていたものの、通常の業務はほぼ開店休業に近い状態だった。そのため、家事と育児はつい妻に任せきりとなってしまっていた。正人さんは妻の異変に気が付くことができなかったのだ。
結果的には妻を受診させることになった正人さん。緊急事態宣言で、多くの会社員が自宅で仕事を始めて1カ月が経過した。「在宅勤務が始まってからメンタル面での変調を訴える相談が増えている」と精神科医でうつ病治療が専門の古賀良彦・杏林大学名誉教授は言う。
「リモートワーク」は、ここ数年来の働き方改革でも“取り入れるべき、良いもの”として推奨されてきた。だが、今回の「在宅勤務への“強制移行”」は一般的なリモートワークとはかなり様相が異なる。
まず1点目が、社員も会社も十分な準備ができていないということだ。チューリッヒ生命保険が3月末に全国のビジネスパーソン1000人を対象に行った調査では、事前にリモートワークなどの仕事の仕組みを整えていた企業は全体の3割止まりだった。通常のリモートワークで必要になるシステムの整備や、基本的なワークフローが完成していない状態で在宅勤務に突入している。
さらに、今回の場合は、通常のリモートワークの特長でもある、喫茶店やコワーキングスペースなどのように「場所を選べる」自由がない。場所は自宅に限定され、加えてそこには、在宅勤務中の配偶者や自宅待機中の子どもなどの家族がいて、終日顔を突き合わせている。この条件の下での在宅勤務が、新型コロナのまん延という、いつ終わるか分からない社会的な不安の中で続くわけだ。
多くの専門家が、こうした状況での在宅勤務は働く人のメンタルに悪影響を及ぼすリスクが多いと指摘する。