「囚人のジレンマ」の衝撃

 ゲーム理論の応用例としては「囚人のジレンマ」が有名である。囚人のジレンマの概略を説明しよう。ある大事件の容疑者が2人いて、それぞれ別件の微罪で捕まえられている。仮にこの2人を囚人A、囚人Bとしよう。検察は、2人と次のような司法取引(容疑者や被告が、他人の犯罪を明かす見返りに、自身の求刑を軽くしてもらったり、起訴を見送ってもらったりすること)を提案した。

(1) 相手が黙秘し、お前が自白したら、お前は釈放
(2) 相手が自白し、お前が黙秘したら、お前は懲役10年
(3) 2人とも黙秘なら、2人は懲役1年(微罪による刑罰のみ)
(4) 2人とも自白なら、2人は懲役5年

 なおA、Bは隔離され、お互いに取り調べ中の相棒の言動を知ることはできない。

 まず囚人Aの立場に立って考えてみよう。囚人Bが黙秘する場合、Aは自白した方が得である(釈放される)。一方Bが自白する場合もAは自白した方が得である(そうしないと自分だけ懲役10年になってしまう)。

 いずれの場合も自白した方が得なので、合理的に判断するとAは自白を選択するべきであることがわかる。もちろんこれはBも同じである。結局2人は共に懲役5年になる。ただし、この結果には問題がある。なぜなら2人とも黙秘のケース(2人とも懲役1年)の方が、2人とも自白のケース(2人とも懲役5年)よりも良い結果になるからである。

 囚人のジレンマとは、お互い協力する(黙秘する)方が協力しない(自白する)よりも良い結果になることがわかっていても、協力しない者が利益を得る状況では、互いに協力しなくなってしまうというジレンマのことである。

 「囚人のジレンマ」にあてはまる例は、値下げ合戦、ゴミ捨て問題、核保有問題……などたくさんある。囚人のジレンマは、「個々人が合理的な判断に基づいて行動すれば、社会全体はうまくいくはず」という社会通念を覆すものであり、これは経済学や社会学、哲学等に非常に大きな影響を与えた。