日本を代表するマーケターで、大ヒット中の新刊『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』を上梓した森岡毅さん(株式会社刀 代表取締役CEO)と、『世界標準の経営理論』などの著者で経営学者の入山章栄さん(早稲田大学ビジネススクール 教授)が、消費者理解の本質について語り合う対談シリーズ。この第4回では、森岡さんが山の中のアクティビティを考えるために猟師に憑依した話や 、アニメのイベントを企画するためにアニメファンに憑依した話について紹介しながら、それぞれ得られたインサイトをお伺いすることで消費者理解の本質を深堀していきます。(構成:書籍オンライン編集部)

「狂人」と「凡人」の両方から学ぶ
入山章栄さん(以下、入山) 森岡さんのエクストリーム(極端)な消費者理解のための経験の1つに、狩猟免許をとって猟師になられたこともあるんですよね。
森岡毅さん(以下、森岡) はい。経営がうまくいかなくなっていた、グリーンピアという全国十数か所にあった元年金保養施設のうちの1つを「NESTA RESORT KOBE(ネスタリゾート神戸)」として生まれ変わらせるプロジェクトのときです。兵庫県三木市のかなり山奥にあって、新しい施設を建てるお金もないし、新たなアクティビティをつくって集客するためには、山の中で遊んでいる人たちにヒントがあると思って、山の中で遊ぶ「狂人」を探しに行ったんです。
入山 森岡さんのつねづねおっしゃる「狂人」の定義を、念のため補足いただいてもいいですか。
森岡 そうですよね。私が「狂人」と呼んでいるのは、ある1つの行動を常人の10倍20倍の頻度でやる人のことで、その対極が「凡人」と定義していて、マーケティングのプランを検討するにあたってはその両方を勉強するんです。
このときは、まず凡人に憑依してカテゴリーの理解を深めていく過程で、山でできる代表的なアクティビティとしてキャンプやスキーをやってみたんです。家がいらないんじゃないかというほど頻繁にキャンプに行く“狂人”がいたので、それに憑依しようかとも思ったのですが、もう少し能動的な活動のほうがアクティビティになりやすいなと考えました。登山もいいけど、山に登っただけで満足されても困るよな……と思って、最終的に狩猟に行き着きました。
入山 山でのアクティビティを検討するために、山を楽しむ“狂人”を探して「狩猟」に行き着いたというわけですね。
森岡 そうです。最初は、狩猟好きな猟師の人たちについて、山の中を回っていたんです。みんな目をキラキラさせて夢中になっている。そのうちに、彼らから「とりあえず、狩猟免許を取ってから来い」と言われて、1年ぐらい学校に通いました。私、大阪ハンティングアカデミーの第4期生なんです(笑)。そこで基礎を学び、人脈をつくり、週末は実習に行って、狩猟した獲物を山から降ろして解体して……これもめっちゃ大変なんです。
入山 見事にハンターになられた。
森岡 ちなみに、狩猟免許を取得するにはものすごく厳しく“身体検査”をされるんです。本人だけじゃなく家族の精神状態のほか、前科はないか、経済的な困窮がないか、近所や職場でトラブルがないか等、地元警察と公安に徹底的に調べられるんです。狩猟免許をもっている人というのは、「公安が調べて安全な人」ということなんです。だから、私は安全です(笑)。
入山 森岡さんはエクストリームだけど、意外と安全な人だった(笑)。
森岡 そうなんです(笑)。皆さん、いいですか。肉は切り身で山の中を歩いているわけではありません。一切れの肉が、あれだけ食べやすい形でスーパーに並んで、すぐ調理して食べられるという状態にある今、2つのことに心の底から手を合わせてください。
1つは命ですよね。彼らは生きてたんです。すべての命は輝いているし、その命をいただくことにまずは感謝。もう1つは、あれを食べられるまでのプロセスに、多くの人々の壮絶な手間がかかっている、ということ。こういう実態を知ると、肉はどう考えても買ったほうがべらぼうに安いですわ。
「俺は強い。生きていける」という感覚

株式会社刀 代表取締役CEO
神戸大学経営学部卒業。96年、P&G入社。日本ヴィダルサスーンのブランドマネージャー、P&G世界本社で北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表などの要職を歴任。2010年にユー・エス・ジェイ入社。高等数学を用いた独自の戦略理論を構築した「森岡メソッド」を開発。窮地にあったUSJに導入しわずか数年で再建。その使命完了後の17年、株式会社 刀を設立。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に!」という大義を掲げ、成熟市場である外食産業や製麺パスタ関連業界、金融業界、観光業界など多岐にわたる業界・業種において抜群の実績を上げる。24年、イマーシブ・フォート東京をオープン。新テーマパーク「ジャングリア沖縄」の25年7月のオープンにも取り組む。
森岡 じゃあ、そういう手間をかけてでも獲りたい人は、何に駆り立てられるのか。彼らについて回って、それを研究していたんです。
入山 実際、免許取って狩猟もやってみて、わかりましたか?
森岡 シンプルに「達成感」です。実際に狩猟をやっている人には怒られてしまいそうですが、あれは「自分の能力の確認」なんです。ハンターの本能があるとすれば、「俺は能力が高い。でも、蛇口をひねれば水が出る、スイッチを押せば電気がつく、という便利な街中だと、俺の本質的な能力を生かせないし、頭でっかちで弱々しいやつのほうがモテる」--大前提でそう思ってる。山の中だと文明の利器が少ない中で、生き物と真剣勝負をすると、「俺は強い。生きていける」と自分の本質的な強さを実感できますよね。生きる確率が高い個体だ、と脳が認識できる瞬間があるんです。
入山 そもそも生物はそういう歴史のほうが長いですよね。猫だって、食べるわけでもないのにネズミを捕まえてきて、飼い主に「どやっ!」と見せたりする。それは生物がもともと持っている本能であって、この数千年で人類が文明を築いたら目立たなくなっちゃったけど、というね。
森岡 私も狩猟を始めた当初は、獲った動物に対して本当に申し訳ない……と鉛をのみ込んだような重苦しい気持ちだったんです。ところが、そのうちに大きいたんぱく質を獲ることができる、というのが嬉しくなってくるんですよ。申し訳ない気持ちはありつつも、生きるために獲らなきゃいけないし、獲ったら嬉しくなる。日本人は哺乳類の死体に慣れていませんが、肉でも魚でも大きいたんぱく質を獲ったら、人間の脳は喜ぶようにできてる、ということが、自分で経験して初めてわかりました。
入山 われわれは普段は文明に侵されてるけど、狩猟を何度か経験すると本能が勝ってくるわけですね。
森岡 ハンターの皆さんは、狩猟自体が能力の確認として興味深いし、達成感があって面白い、と思っています。生物としてみずからの生存能力の高さを確認できると、「俺はこれができるようになった」「俺は強い」という実感値につながっていくわけです。これこそが、何もない山に人を呼んでくる本能だと思ったんですね。このインサイトをもとに、「大自然の冒険テーマパーク」というコンセプトを立てて、山の中で自分が生きていると実感できたり、何かができるようになったという成功体験が得られたりするようなアトラクションを増やして、ブランドを立て直していったんです。
入山 「何もない山に人を呼んでくる本能」という強固なインサイトがあるから、アトラクションのアイデアもぶれなそうですね。
森岡 その後、ネスタリゾート神戸のオーナーは変わりましたが、今もしっかり経営されています。あのときが、あの施設が生き返るかダメになってしまうのかという未来への分岐点で、私はたまたま猟師という“狂人”に憑依して人間の本能を探ることができた結果、有効な施策を打てたんじゃないかと思ってます。
入山 めちゃめちゃ面白いですね。
森岡 現代人はコンクリートと安全に囲まれて、自分の本能が自身で認識できなくなっているから、ちょっとエクストリームな人に憑依するというのは、本能の出所を発見するにはすごくわかりやすいですよ。