高橋 ただ、必ずしも悲観する必要はありません。グローバルにビジネスを展開する日本企業の中には、大胆な事業構造の改革を進めたり、外国人をCEOに招聘したりするなど、大きな変革が起きつつある企業もあります。

 ある経営者は、かつては役員会で8割の賛成を得てゴーサインを出していましたが、いまは5割の賛成でリスクを取って決断すべきことも必要だと語っていました。そうした意識変化は日本でも確実に進んでいるのだと思います。

酒井「変革」の定義が海外と日本では異なる可能性もあり、その点は注意が必要です。プロセスレベルの改革、改善を変革ととらえるのか、あるいは創造的破壊を伴ってこそ変革といえるのか、議論は分かれるところです。

 日本においては、限られた企業がいまでも先進事例として取り上げられます。外国人CEOの就任や破壊的変化を伴う事業構造改革がレアケースであるため、新聞や雑誌が同じ事例を繰り返し報じているのであって、新たな事例が生まれていないことの裏返しでもあります。なぜ、変革の新しい事例が常態的に生まれないのか。それはリスクを取って失敗した時に、それを許容するコンセンサスが日本の社会に醸成されていないからです。

 失敗すると必ず責められ、積極的なチャレンジを奨励するような寛容さが乏しいのではないでしょうか。企業経営もその例に漏れません。不正や法律違反を犯した場合に罰せられるのは当然ですが、合理的な意思決定を経ていたとしても、事業に失敗すると、その経営者はなかなか再起できません。「昔、会社を潰したやつ」というレッテルを貼られ、資金調達が難しくなります。それゆえ、役員会で大半が賛成した案件だけにゴーサインが出ることになります。役員の多くが賛成すれば、失敗しても責められないからです。

 そうしたローリスクあるいはノーリスクの案件から、変革が生まれるはずはありません。もちろん、失敗に対する責任は負うべきですが、次のチャンスを与えるような社会的コンセンサスや制度が必要だと思います。

高橋 根本的には教育システムの改革に行き着くと私は思います。多様性を受け入れ、チャレンジを称賛し、失敗を許容するような教育が重要です。教員も多様化したほうがいいし、実社会で多くの経験を積んだ元経営者や社会的なリーダーたちがもっと教壇に立ってもいいと思います。

 また、英語教育が本格化しつつありますが、アメリカ人やイギリス人だけでなく、もっとさまざまな国籍の先生に教わったほうが、実践的なグローバルイングリッシュを学ぶことができます。そうした教育を幼少期から受けることが、日本の変革意識を高めることにつながるのではないでしょうか。

 「KPMGグローバルCEO調査2016」によると、世界のCEOは「イノベーションの促進」を今後3年間の戦略的優先事項のトップに挙げていますが、日本のCEOは「投資家報告の妥当性の向上」となっています。ここから何が読み取れますか。

高橋 投資家報告はもちろん重要ですが、イノベーションの促進に比べると受動的であり、欧米ではこうだから、それに従わないといけないという意識が日本の経営者にはまだ根強く残っているのではないでしょうか。海外や他社の動向を気にして、それに後れを取らないようにするという受け身の対応ではなく、自社としてどうしていきたいのか、グローバルなマーケットでサステナブルに成長していくにはどうしなければいけないのか、もっと能動的な姿勢を取らないと、真のグローバル化は実現できないと思います。

酒井 コーポレートガバナンス・コードなどの制度整備が進んだことで、日本でもコーポレートガバナンスへの意識が高まったことは評価されます。しかしながら、欧米に比べれば日本の投資家は企業に大きなプレッシャーを与えているとはいえません。欧米では情報開示や説明が不十分だと、株主が経営者を責めますが、日本ではむしろマスコミが批判するケースが多い。もっとも、近年は日本の投資家の行動も欧米的に変わりつつありますから、日本の経営者は投資家との直接の対話をもっと深めたほうがいいと思います。