W・L・ゴア・アンド・アソシエーツ(以下ゴア)というグローバル企業をご存じだろうか。日本では、ゴアテックスの製造元と言えば、ピンと来るのではなかろうか。

 かたや世界では、『ビジョナリーカンパニー』(日経BP社)のジム・コリンズ、『コア・コンピタンス』(日本経済新聞社)のゲイリー・ハメルなどの経営研究家たちが、マネジメント・イノベーションの優秀事例として高く評価している(ちょうど1年前、ハメルにインタビューした際、日本企業が手本にすべき企業について尋ねたところ、ゴアの名前を挙げている)。

 社員を何より大切にしている会社としてもよく知られており、たとえば1984年以来、『フォーチュン』誌の「働きがいのある会社」100社にランクインし続けている。また2015年には、「働きがいのある多国籍企業」ランキングで世界第3位を獲得している。ユニークな人事制度、柔軟な働き方、手厚い福利厚生、充実した各種施設などは、多くの場合、本社のある国に限られるが、ゴアは本社のある国以外でも評価が高い。

 この世界的なベストプラクティス企業は、1958年、デュポンのエンジニアだったウィルバート(ビル)・L・ゴアと妻のジュネヴィーヴが、人々が想像力と独創性を遺憾なく発揮し、イノベーションが次々に生まれてくる自由闊達な組織を夢見て、自宅の地下室からスタートした。

 理想の組織を目指して、この創業者は、いまなお大半の企業にはびこる、「人間はそもそも働くことが嫌いで、放っておくと怠けてしまうため、コマンド・アンド・コントロール(命令と統制)、ルールや制度によって管理しなければならない」とするX理論に挑戦してきた。

 具体的には、階層型ではなく「格子(ラティス)型」の組織を採用する、平等と公平性を尊重し、社員のことを「アソシエート」(仲間)と呼ぶ、同僚たちに認められた人物がリーダーになる、制度ではなく企業文化や価値観で律する、給与や報酬は貢献度に基づいて決定するなど、まさしく21世紀を先取りしたアイデアを実践した。コリンズによれば、こうした先見的な選択により、ゴアは「よい会社から偉大な会社(グッド・トゥ・グレート)」に飛躍できたという。

 この7月、製品でも経営でもイノベーティブなこのグローバル企業を率いるCEO、テリー・ケリー氏と対話する機会を得た。

 彼女は2005年――当時、5〜13歳の4人の子どもの世話に追われる42歳のワーキングマザーだった――3代目CEOのチャック・キャロルの後継者に選ばれた。

 取締役会は、彼女を指名する前、さまざまな部門のアソシエートに「誰についていきたいか」という、自由記述方式の質問を依頼した。そして、ケリー氏いわく「驚いたことに選ばれたのは私だった」。

 創業者から現在のケリー氏に至るまで、ゴアのCEOは「経営者らしくない経営者(アン・マネジャー)」といわれてきたが、以下では、この「会社らしくない会社」が、どのように人々の意欲や創造性を引き出し、イノベーションを生み出し続けているのか、その秘密を探る。

企業文化こそ
経営のプラットフォーム

編集部(以下青文字):ゴアは、現在25カ国以上で事業展開していますが、そのほとんどの国で「働きたい会社」としてランキングの上位に選ばれています。その理由は何だとお考えですか。

「働きがい」のある<br />革新的企業のつくり方【前編】<br />
W. L. ゴア・アンド・アソシエーツ 社長兼CEO
テリー・ケリー 
TERRI L. KELLY
W. L. ゴア・アンド・アソシエーツ社長兼CEO。デラウェア大学工学部機械工学科を卒業した後、1983年にエンジニアとしてゴアに入社。軍用ファブリック事業のプロダクトスペシャリストとして経験を積んだ後、グローバルファブリックス部門のリーダーシップチーム、エンタープライズオペレーションコミッティのメンバー等を経て、2005年より現職。また、子どもの健康改善に取り組むヌムール財団理事、デラウェア大学理事会メンバーなどを兼ねる。

ケリー(以下略):私たちは、世界的な調査研究機関グレート・プレース・トゥ・ワーク・インスティテュート(GPTW)が決定する「働きがいのある会社」ランキングの上位に選ばれていることを大変光栄に思っています。この年間ランキングは、毎年1月『フォーチュン』誌に発表されるものですが、主に従業員の意識調査に基づき、職場における従業員の矜持、公平性や尊重などを評価したものです。

 このGPTWの調査結果は、アソシエート──ゴアでは、社員のことをこう呼んでいます──たちの声が集約されたものであり、大変有意義なことです。この結果は、雇用、従業員の能力開発、コミュニケーションなど、当該企業の社内慣行に着目しながら、企業文化を広範に精査したものでもあります。

 この「働きがいのある会社」ランキングで、ゴアが長きにわたって上位に選ばれてきたのは、企業文化を何より大切にする、という私たちの価値観の賜物といえましょう。

 企業文化は、単にポスターに印刷された標語の羅列でもなければ、事業を運営するうえで「ないよりはあったほうがいいもの」でもありません。ゴアの企業文化とは、事業の最終成果を向上させるために、私たちが協力して働く術(すべ)を表現したものです。