〈5〉 合併の失敗──強みをもたない弱者連合
半導体メーカーの凋落に歯止めがかからない状況に対し、経済産業省の指導もあって半導体業界の再編が何度か図られてきました(図参照)。たとえば、1999年にはNECと日立製作所のメモリ部門が統合されてDRAM専業メーカー「NEC日立メモリ」が設立(後に「エルピーダメモリ」に改称)され、さらに2003年には三菱電機のDRAM事業も譲り受けました。
2003年には日立製作所と三菱電機のマイコンとシステムLSI部門が統合され「ルネサステクノロジー」が設立されました。そして2010年には、このルネサステクノロジーとNECエレクトロニクスとが合併し、「ルネサスエレクトロニクス」が誕生しました。
新しく生まれた半導体専業メーカー2社は、形の上では資金を市場から独自に調達し経営に当たれるということになっていましたが、実際には元の親会社が大株主だったこともあり、分社化した後もいろいろな局面で支配力を行使され、新会社の裁量権に制限が加えられました。
しかし、それ以上に質・量の両面で大きな問題があったのです。量的問題としては、合併した2社ともに特定の事業分野で世界的に圧倒的シェアを獲得できるような規模のものではなかったことです。言葉は悪いですが、いわば「弱者連合」だったことです。
半導体業界ではトップシェアを握ることは有形無形のメリットが生じます。たとえば市場情報を初めとするさまざまな関係情報をいち早く入手できること、新規に開発された製造装置を他社に先駆けて入手(テスト)できること等々です。また市場からも多くの資金が集められ、財務的にも健全な経営が可能になるでしょう。しかし2社、特にエルピーダメモリはそれらのメリットを享受することはできませんでした。
質的な問題としては、2つの合併とも、異なる製品分野でのシナジー効果を発揮できなかったことです。たとえばエルピーダメモリは基本的にDRAMの単品メーカーでした。しかし携帯電話などのモバイル機器やデジカメなどの普及に伴い、電源を切れば記憶を失ってしまう「揮発性メモリ」としてのDRAMに対し、電源を切っても記憶し続ける「不揮発性メモリ」であるフラッシュッメモリの重要度が増していましたが、もともとフラッシュメモリでNECと日立は後れをとっていたこともあり、エルピーダメモリが手掛けることはありませんでした。韓国のサムスン、あるいは米国のマイクロンのように、主力製品としてDRAMとフラッシュの両方を持ち、その時々の市場の変動に合わせて両者のバランスを取るという戦略がとれなかったのです。
いっぽうのルネサスエレクトロニクスにしても、合併のシナジー効果による製品ポートフォリオを含めた質的な事業転換が成功したとは思えません。