単なる「優秀な部下」にとどまるか、「参謀」として認められるかーー。これは、ビジネスパーソンのキャリアを大きく分けるポイントです。では、トップが「参謀」として評価する基準は何なのか? それを、世界No.1企業であるブリヂストン元CEOの荒川詔四氏にまとめていただいたのが、『参謀の思考法』(ダイヤモンド社)。ご自身が40代で社長の「参謀役」を務め、アメリカ名門企業「ファイアストン」の買収という一大事業に深く関わったほか、タイ法人、ヨーロッパ法人、そして本社CEOとして参謀を求めた経験を踏まえた、超実践的な「参謀論」です。本連載では、本書から抜粋しながら、「参謀」として認められ、キャリアを切り開くうえで、欠かすことのできない「考え方」「スタンス」をお伝えしてまいります。
「制約」が明確になるからこそ、
柔軟な思考が可能になる
「原理原則」を本気で追求する――。
それこそが、優れた参謀の思考法の原点です(連載第19回参照)。
このように話すと、「原理原則にとらわれすぎると、ガチガチの考え方になってしまうのではないか?」と質問されることがあります。しかし、それは誤解です。むしろ、「原理原則」を遵守することによってこそ、柔軟に創造的な思考を広げることが可能になります。
これは、考えてみれば当たり前のことです。
たしかに、「原理原則」を1ミリたりとも外れてならないのは、制約のように感じられるかもしれません。しかし、見方を変えれば、「原理原則」を外さない、逸脱しない範囲内であれば、何をやっても構わないということにほかならないからです。「絶対にやってはならないこと」「絶対にやらなければならないこと」という「原理原則」を制約として明確にすることで、むしろ、思考は自由になるのです。
たとえば、私が秘書課長時代に、取締役会を開くか開かないかで、社長と対立したときもそうです。
そのとき、買収交渉を進めていたアメリカの名門企業・ファイアストンと「法的拘束力」のある契約を結ぶ必要があったのですが、情報漏洩を恐れた社長は、「秘密裏に契約を締結するほかないか……」という考えでいました。しかし、そのような場合には、取締役会の決議を経るのが社内規定であり、社会的にも一般的なルール。もしも、あとでそれが暴露すれば、攻撃材料にされるおそれがあります。
だから、私は、「取締役にはかけるべきです」と進言しました。
ルール(手続き)を遵守するのはビジネスの原理原則。その原理原則から外れるのは、社長はもとより、会社そのものを混乱に陥らせる原因になりかねないと主張したのです。
ただし、社長が懸念している「情報漏洩」も防がなければなりません。つまり、このとき、私には、「取締役会を開催しなければならない」「情報漏洩のリスクを最小化しなければならない」という二つの命題が課せられたわけですが、逆に言えば、これで「考えるべきこと」が明確になったとも言えるわけです。
つまり、取締役会を開いても、情報漏洩しない方法を考えればいいということ。ここまで「解決すべき問題」が明らかになれば、頭は勝手に「答え」を探し始めます。そして、私が思いついたのが、取締役会で、通常やっていた資料配布による説明方法をスライド投影に変更し、ごく一部配布した資料も回収するという「解決策」だったわけです。
世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元代表取締役社長
1944年山形県生まれ。東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むなど、海外事業に多大な貢献をする。40代で現場の課長職についていたころ、突如、社長直属の秘書課長を拝命。アメリカの国民的企業ファイアストンの買収・経営統合を進める社長の「参謀役」として、その実務を全面的にサポートする。その後、タイ現地法人社長、ヨーロッパ現地法人社長、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップの地位を奪還した翌年、2006年に本社社長に就任。世界約14万人の従業員を率い、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災などの危機をくぐりぬけ、世界ナンバーワン企業としての基盤を築く。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役、日本経済新聞社社外監査役などを歴任。著書に『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)がある。