三菱陥落#3デジタル戦略の源流とも言える「情報化タスクフォース」を95年に立ち上げた槇原稔氏(95年当時は三菱商事社長)。 写真:読売新聞/アフロ

今、総合商社界で最も“ホット”なのは「デジタル領域」である。デジタル技術の発展に伴い、日本の産業界では古びたビジネスモデルのリニューアルが急務となっている。こうした顧客の「お困り事」の解決を新たなる食いぶちにしようと、商社各社の鼻息は荒い。だが、商社が全業界で起こそうとしているDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進には、事業部門の「縦割り」志向を打破して「横串」機能を働かせるという、商社にとっては古くて新しい課題が横たわる。商社の雄である三菱商事はどうやってデジタル戦略を成就させようとしているのか。特集『三菱陥落』(全10回)の#3では、三菱商事でその指揮を執る責任者が、ベールに包まれてきた「プラットフォームの胴元化構想」の全貌を語った。(ダイヤモンド編集部 新井美江子)

三菱商事はデジタル界の眠れる獅子か
他商社とは一線を画す“大胆”構想

「最近、三菱商事が本気で動きだした。今期、純利益で伊藤忠商事に抜かれる見通しといっても、やっぱり三菱商事は“ジャイアント”ですよ。日本における歴史と持っている資産、人的要員の規模が他商社とは違う。でも、デジタルの世界でそれが強みになるかどうかは話が別ですが」(総合商社幹部)

 デジタル――。今、日本の総合商社でこの言葉に反応しないところはないだろう。商社各社が、次のターゲットとして見定める分野こそ、デジタル技術を使って新たなビジネスモデルや事業価値の創造を行うDX(デジタルトランスフォーメーション)だからだ。

 かつて、三菱商事、三井物産を中心に莫大な富をもたらした資源バブルは、2010年代の前半で終わりを告げた。むしろ足元で資源事業は、新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な経済の落ち込みで、商社の業績の足を引っ張る始末だ。かといって、資源以外の投資先の経営に深く関わって付加価値向上を目指そうにも、何を“武器”とするのか。そこで商社がこぞって急速にかじを切っているのが、自社グループや顧客の「デジタル化のお手伝い」だ。

 デジタル技術の発展と、それに伴って陳腐化した自社の体制に戸惑う日本企業は多い。それどころか、将来の飯の種となる新規ビジネスがデジタル抜きではモノにならない現実に、デジタル後進国の日本全体が頭を抱えている状態だ。

「(1990年代から2000年にかけての)ドットコム・バブル(ITバブル)のときは、台頭してきたIT企業が他産業のことを勉強していなかったから従来型の産業プロセスが破壊されることはないと思ったが、今は違う。(産業のペインポイントを見極めており)注力すべきところを理解している。しかも情報の処理技術も安くて速くなった。古い産業は、新しい技術と考え方を持った人たちに加速度的にチャレンジされる時代に突入した」

 南部智一・住友商事メディア・デジタル事業部門長CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)がこう語るように、商社は、こうした産業界における差し迫った改革の必要性が新たなビジネスチャンスになるとみているわけである。それを証拠に、ここ数年、商社は一同に「CDO」「CDIO(チーフ・デジタル・インフォメーション・オフィサー)」という役職まで新設し、デジタルをツールとする新たな収益源の確立を急いでいる。

 日頃からさまざまな業界に出入りして各産業の在り方を熟知し、先進事例を引っ提げながら企業のお困り事に対応する――。切り口はデジタルと新しくとも、これはまさに商社のなりわいの王道だ。

 ただし、業界の雄である三菱商事のデジタル戦略の全貌は、長らくベールに包まれたままだった。DXに事業グループ横断で取り組むべく、19年4月に「デジタル戦略部」を設置し、同年12月には日本電信電話(NTT)とDX推進に関する業務提携に合意するとともに、位置情報サービスを提供するオランダのヒアテクノロジーズへの共同出資を発表……。こうした動きから、にわかにデジタル化へのピースをそろえにきている様子は見えても、戦略の全体像が詳細に語られることはなかったからだ。

「われわれは“ちょろちょろ”とは動かない。その代わり動き始めたら速いですよ。巨艦のようにドカンとやりますから」

 表に出ない分、出遅れているのではないかとさえささやかれる三菱商事。しかし、デジタル化戦略の指揮を執る張本人の平栗拓也・三菱商事デジタル戦略部長は、焦るどころかこう語り、静かに自信をみなぎらせる。

 聞けば、その構想は“大胆”だ。三菱商事がデジタル戦略で目指す最終到達点はずばり、B to Bにおける新たな産業プラットフォームの胴元としての地位確立である。