ゲーム理論の応用分野である「オークション理論」での功績をたたえられ、2020年のノーベル経済学賞に輝いた米スタンフォード大学のロバート・ウィルソン名誉教授。特集『最強の武器「経済学」』(全13回)の#9では、ウィルソン教授に単独インタビューを行い、受賞につながった電波オークションの背景や、オークション理論をビジネスに応用する際の考え方などを聞いた。(ダイヤモンド編集部 竹田幸平)
「勝者の呪い」から逃れるために
画期的な新理論を編み出した
――ノーベル経済学賞受賞は、ゲーム理論の応用分野「オークション理論」での功績を評価された形ですが、主な研究成果について分かりやすく解説してください。
私はこの分野の研究に、1960年代から取り組み始めました。その背景として当時、米国の石油会社の間で石油掘削権を巡る問題が浮上していたことがあります。彼らは石油の埋蔵量がどれほどなのか、非常に不完全な情報しか持っていませんでした。油田の規模から、中に炭化水素が埋まっているかどうかまで、分からないことだらけだったわけです。石油会社は、そのような未知の環境の中で、埋蔵量を見積もる必要に迫られていました。
こうした状況下でオークションを行う場合、各参加プレーヤーは入札で競り勝つために、過大な見積もりを行ってしまう傾向にあります。この場合、おのおのの見積量が入札の可能性を高めるための関数となっているのですが、石油会社は、石油掘削権に投資した後の収益率が事前の予想を大きく下回る課題に直面していました。
やがて、これは(各プレーヤーが情報を等しく持たないという、情報に非対称性がある状況で、プレーヤーが自分の利益を最大化しようとして最終的に価値が低いものを選択してしまう)「逆選択(adverse selection)」の問題であるとの認識に至りました。つまり、過大評価しているときにこそ入札で勝つ傾向があったわけです。
私が構築したのは、そうした逆選択の状況を考慮に入れた上で、最適な形でいろいろなものを入札するための理論でした。この成果は大きな注目を集め、私にとって研究初期の業績の一つといえます。入札の対象となるものを過大評価してオークションに勝つことの弊害は「ウィナーズカース(勝者の呪い)」と呼ばれてきました。ですが、最適な入札戦略ではその存在を考慮に入れているため、勝者の呪いに苛まれることはありません。
入札の参加者が何を望んでいるかといえば、期待通りの利益を手に入れることです。そうした状況に適した戦略の構築方法について、数学的な解説を加えることもできますが、まずは基本を知ってもらうために、背景となる流れを説明しました。
――授賞理由に挙げられている電波周波数帯のライセンス割り当てを巡る電波オークションは、手続きの効率性や透明性を高め、莫大な国庫収入をもたらすなど大きな成果を残しました。どのような問題意識から理論の実用化へと至ったのでしょうか?
電波オークションを巡っては当時、二つの課題がありました。