最強の武器「経済学」#12Photo:picture alliance/gettyimages

ゲーム理論の応用分野である「マッチング理論」の研究成果が認められ、2012年にノーベル経済学賞を受賞した米スタンフォード大学のアルヴィン・ロス教授に単独インタビューを実施。特集『最強の武器「経済学」』(全13回)の#12では、ビジネスでマッチング理論を活用する上での要諦、ロス教授が「不快な取引」と呼ぶ禁断の市場などについて考えを聞いた。(ダイヤモンド編集部 竹田幸平)

人材配置から腎臓交換まで
社会を支えるマッチング理論

――ロス教授はゲーム理論の応用分野、マッチング理論での功績が認められ、2012年にノーベル経済学賞を受賞しました。自身の主な研究内容と成果について解説をお願いします。

 まず、世界にはマッチング理論で考えるのに適したマーケットが数多く存在していると考えています。

 例えば証券取引所で株を買ったり、5000ブッシェルの小麦を購入したりするように、コモディティ市場では誰が何を手に入れようと問題にはなりません。

 一方で、例えばあなたがどの仕事に就くかは重要な問題ですよね。あなたは誰の下で働くのか、雇用主は誰を雇うのか。このように、労働市場で誰と誰がマッチするのかといった状況は、マッチング理論の観点から考えるべき重要な問題です。つまりコモディティ市場ではありません。世の中には、このような類いの問題がたくさんあり、その判断には第三者的なサポートが必要になる場合もあります。

 プライシング(価格設定)がその一部の作業を担う可能性はあるとしても、全てがそれで解決するわけではありません。そこで、私たちはマッチング理論で問題を解決すべく研究を続けてきました。こうした市場がどうすれば機能し、どうなれば失敗し、いかに修正するかの理解に努めてきたわけです。そして、市場がより良く機能するようなアルゴリズムの開発を進めました。

アルヴィン・ロス氏Alvin Roth/1971年米コロンビア大学卒業。73年米スタンフォード大学で修士号取得、74年博士号取得。米イリノイ大学、米ピッツバーグ大学、米ハーバード大学教授を経て2012年、ゲーム理論の応用分野であるマッチング理論の功績を評価され、ノーベル経済学賞を共同受賞した。専門はゲーム理論、マッチング理論、マーケットデザイン。 
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 例えば、米国の医療界で研修医が働きたいと考える病院に対して、受け入れる病院側の希望をマッチングさせる「研修医マッチング制度」のアルゴリズムです。そこで制度改革を行い、実際に現場で活用されるに至りました。日本でも研修医のマッチング制度が導入されていますね。安定的で最適な人材配置や労働市場などのマッチングを研究した成果が評価され、12年にはロイド・シャープレー氏と共にノーベル経済学賞の受賞に至りました。

 一連の例を見れば分かるように、マッチングは組織的な人材配置などの問題解決に役立つツールです。他にも私は、生徒たちと学校をマッチングさせるような仕事にも取り組みました。米国の多くの都市では現在、私と同僚が実装を支援したメカニズムが使われています。

 さらに、マッチング理論を応用する形で、腎疾患のある患者と適合するドナーを結び付けることに取り組みました。人は腎臓を二つ持っていますが、この臓器には少し変わった特徴があって、健常者は一つあれば健康を保つことができます。腎臓交換のマーケットを設計することで、腎不全や腎臓病にかかっている人の命を助ける仕組みの構築にも挑みました。

 腎臓を提供してもよいと考える人がいても、それがどの患者にも適合するわけではありません。そこにはドナーと患者を適切に結び付ける工夫が必要であり、こうした問題もマッチングの力で解決を試みてきました。

――ビジネスでのマッチング理論の活用法には、どのような場面が考えられますか。