障がい者雇用で「ジョブコーチ」に求められる役割

前稿(「障がい者と企業を結ぶ「ジョブコーチ」の現在形」)では、障がいのある人の職場への定着支援を行う「職場適応援助者(ジョブコーチ)」について、 “医療型就労支援モデル”の第一人者である清澤康伸氏(一般社団法人 精神・発達障害者就労支援専門職育成協会代表 医療法人社団欣助会 吉祥寺病院勤務)に、その“現在形”を聞いた。精神・発達障がい者の就労が増えるなかでジョブコーチはどうあるべきか? コロナ禍での企業と就労支援機関の理想的な関係とは?(ダイヤモンド・セレクト「オリイジン」編集部)

*本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティ マガジン 「Oriijin(オリイジン)2020」からの転載記事「ダイバーシティが導く、誰もが働きやすく、誰もが活躍できる社会」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。

ジョブコーチそのものの「質」を変えていく時期

 精神・発達障がい者の企業での就労が増えている昨今、清澤氏は、ジョブコーチの「質」を変えていくべきだと言う。清澤氏が代表を務める一般社団法人 精神・発達障害者就労支援専門職育成協会を例に、その方法を尋ねた。

清澤 私の協会で資格を得ることのできる「就労支援士(以下、ES/employment specialist)」は、広義の「ジョブコーチ(職場適応援助者)」の役割を担うことができる人材であり、協会は、その育成を目的としています。ESは、精神・発達障がい者の就労支援に特化した専門疾患別のジョブコーチという位置づけだけでなく、また、就労後3カ月の職場適応をメインとしている職場適応援助者とは違い、就労前の段階から就労後の職場定着、その後のキャリア支援も含め、障がい者と企業の双方にワンストップで支援を行うことができる“就労支援の専門家”になります。

 ESの研修カリキュラムは、就労支援者のスキルアップを目指し、障がい者の就労を医療・福祉視点ではなく、雇用(企業)視点で捉えた実践的なノウハウ研修になっています。「ジョブコーチ事業」ができた当初(2005年)の障がい者雇用は、精神障がい者の雇用が義務でもなく、みなし雇用にも入っていない状況で、知的障がい者を中心とした“就労後の作業支援”がメインで問題なかったのです。しかし、被雇用者の障がい種別が多様になっていくことに合わせて、ジョブコーチの「質」を変えていくべきというのが私の考えです。ジョブコーチとしてのベースを学んだうえで、疾患、障がい種別のより専門的なジョブコーチが必要であると。そうした方向性で、精神・発達障がいのある方を支援対象にしているのがESです。

 ジョブコーチの「質」が変わることによって、企業とジョブコーチの間では、どのような関係維持が期待できるだろう。

清澤 精神・発達障がいの場合、同じ疾患名でも症状が個人で異なるので、ジョブコーチはそれぞれの方の障がい特性を理解したうえで、企業とコンセンサスを取っていかなければいけません。ジョブコーチが企業の担当者に、「Aさんは○○のときに調子を崩します。そのときは△△の対応が望ましいです」と伝えられれば、企業はAさんに適した雇用方法を考え、そのノウハウを構築していくはずです。「私が全部やりますので、(企業の)皆さんは何か困り事があったら言ってください」というジョブコーチの姿勢では企業側がノウハウを学べず、いつまでも、支援機関任せになってしまいます。

 これまではそれで良かったかもしれませんが、精神・発達障がい者の雇用が増えている状況においては望ましくありません。ジョブコーチは業務分析ではなく、職場の状況を把握し、単に「障がいのある方を配慮してください」ではなく、「この会社だったら、こうした雇用管理が良いだろう」と想定し、企業側に積極提案することが大切です。障がいのある方には、「企業があなたに求めていることは○○なので、それに応えるために△△しましょう」、企業には「御社の障がい者雇用はこうしていくべきです」と、どちらに偏ることなく、中立的に関わること――こうした、ジョブコーチの「質」の変化が望まれるのです。

 障がい者雇用やジョブコーチ事業が始まった当初とは社会の状況も大きく違います。ジョブコーチもいままでのやり方を踏襲するのではなく、その時々の社会状況に合わせてやり方を変えていく必要があるのです。

 

清澤 康伸(きよさわ やすのぶ)

障がい者雇用で「ジョブコーチ」に求められる役割

一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会 代表理事(ES協会)。医療法人社団欣助会吉祥寺病院勤務。東京労働局障害者就労アドバイザー。
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)時代より職場開拓、支援プログラム、就労後の定着支援、定着後のキャリア支援、企業支援などをワンストップで行う医療型就労支援モデルの構築を行う。新しい就労支援の形である清澤メソッドを考案。NCNPを経て現職。これまで10年間で300名以上の精神、発達障がい者の一般就労を実現する。就労プログラム履修者の就労率92.7%、一年後の職場定着率93.0%は国内トップレベル。就労プログラム開始から一般就労までの平均5カ月。自身の就労支援の経験から支援者の人材育成が急務と考えてES協会を立ち上げ、支援者の育成にも力を注ぐ。そのほか、企業、公的機関におけるセミナーや講演、学会発表なども多数行っている。国内における精神・発達障害者の医療型就労支援のパイオニアであり、第一人者。講演、セミナーの依頼はES協会まで。