生命へと向かう台風
2017年の台風5号は長寿の台風で、19日間も存在し続けた。これは観測史上1位の長さである。この台風5号は和歌山県に上陸し、岐阜県から長野県にかけた山脈にぶつかって、2つに分裂した。その後、台風5号は消えてしまったけれど、もしも消えなかったらどうなっていたのだろう。
もしも、地球の表面から熱を吸収し続けられれば、台風5号は生きながらえて、どんどん分裂するかもしれない。そうして台風が増えていけば、その中には微妙な風向きの違いなどによって、熱を吸収しやすい台風と吸収しにくい台風など、いろいろな台風が生まれるかもしれない。そうすれば、台風には自然淘汰が働き始める。そして、台風は進化し始めるのだ。
もしかしたら、台風が進化すると、どんどん長生きになっていくかもしれない。あるいは、熱を吸収しやすくなって、海上だけでなく陸上でも、消えずに存在し続けられるようになるかもしれない。もちろん、なかには消えるものもあるだろうが、分裂して増えてもいくので、台風が絶滅することはない。
いつも地球上にはたくさんの台風がうごめいている。こうなったら、もう台風を生物と言ってもよいのではないだろうか。
まあ、これは半分冗談だけれど、でも半分は本気である。分裂する力があれば、無生物にも自然淘汰が働いて、生命へと向かっていくのはあり得る話だ。このように、分裂というのは生命の根幹に関わる現象で、その仕組みを明らかにすることは、生命とは何かを思索するときの重要なピースになっただろう。
しかも、それだけではない。ポール・ナースは細胞分裂の仕組みを明らかにするために、酵母を使って研究した。しかし、この仕組みは、酵母だけでなく生物界で広く使われている仕組みである。ポール・ナースの視点は、生物界全体に広く注がれている。まさに『WHAT IS LIFE? (ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』を書くために生まれてきたような人物なのだ。
生命とは何か
それでは、ポール・ナースは生命をどう考えているのだろう。ポール・ナースは間違いなく科学界の巨人である。彼の生命観は生物学だけでなく、現代科学のさまざまな到達点にしっかりと支えられている。そんなポール・ナースの生命に対する考えは一言では表し切れないが、あえて表現するなら「はるかな過去から細胞分裂という途切れのない鎖で繋がれたもの」とでも言えばよいのだろうか。
珍説や奇説など歯牙にもかけない『WHAT IS LIFE? (ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』は、けれんみのない堂々たる本である。竹内薫氏の訳文も読みやすく、広く深い内容を手軽に読むことができるのが嬉しい。