社長就任後に魚谷氏が掲げたのは、「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニーへ」「100年先も輝き続ける原型をつくる」という2つの長期ビジョンだった。「短期的な収益構造の改善を期待する投資家もいたが、私の使命は資生堂を真のグローバルカンパニーにし、次の100年の土台をつくること。そのために必要な改革は何でもやるし、だめだった辞める覚悟だった」と、魚谷氏は当時を振り返る。

 とはいえ、足元での収益力アップをおろそかにしたわけではない。むしろ利益率にはこだわった。「利益率が高くないと成長への再投資ができない」からだ。当時の資生堂の営業利益率は6.5%だったが、海外競合メーカーは10%台。そこで、20年度を最終年度とする6カ年の中長期戦略「VISION 2020」では、売上高1兆円、営業利益1000億円を定量目標とした。

 結論からいえば、7000億円前後で停滞していた売上高は17年度に1兆円に到達、営業利益目標も18年度に前倒しで達成した。そして、魚谷氏の社長就任から5年ほどで時価総額は4倍以上に伸び、3兆円を超えた。

 なぜ、これだけ早く結果を出せたのか。その大きな要因は、「ダイバーシティー&インクルージョン(多様性と包摂)」を中心に据え、世界の全ての社員が参加できる経営改革を行ったからだ。

 魚谷氏がいうダイバーシティーには、ジェンダーや国籍だけでなく、若手や現場社員といった年齢、階層などの多様性も含まれる。全社員の多様な発想を生かし、自由闊達に意見をぶつけ合いながら、「アクティブでスピーディーな会社に変えていく」。それが、魚谷流のダイバーシティー経営である。

 それを実行するために、魚谷氏がまず行ったのは現場との対話だった。資生堂のグループ従業員数は約4.6万人だが、魚谷氏が直接対話した従業員は延べ8万人に及ぶ。

 例えば、百貨店で資生堂の商品を販売する美容部員(ビューティーコンサルタント)に、「何か困っていることはない?」と尋ねると、「商品サンプルが足りない」という声が上がった。百貨店で販売するのは高価格帯の化粧品だから商品サンプルが欠かせないが、本社にサンプルの追加を頼んでも、なかなか決裁が下りなかったり、予算がないことを理由に断られたりすることがよくあるという。魚谷氏は本社の担当者にすぐに電話をかけ、「予算を現場に渡しなさい」と指示した。