量子エリート#5Photo:TEK IMAGE/SCIENCE PHOTO LIBRARY/gettyimages

実用化が近いのは電池、素材、医薬品――。自動車業界や化学業界がこんな期待を寄せるのは、複雑で既存のコンピューターでは計算し切れない原子の振る舞いを、量子コンピューターならば計算できるかもしれないからだ。特集『最強の理系人材 量子エリート争奪戦』(全6回)の#5では、量子コンピューターの早期活用を模索する産業界の動向を追った。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)

グーグルも関心を示す新分子とバッテリー
量子コンピューターで化学反応を計算

「われわれの現在のゴールは信頼できる量子コンピューターの実現で、応用についてまだ語る場面ではない。それでも、新しい分子やバッテリーの領域には大きな可能性がある」

 2029年までに誤り訂正が可能な量子コンピューターを開発すると5月に宣言した米グーグル。グーグルリサーチのクリスティーン・ロブソン製品ディレクターは、量子コンピューターの活用法についてこう語った。

 量子コンピューターと“相性”が良く、早期の実用化が期待される領域として金融と並んで名前が挙がるのが化学業界である。化学反応をコンピューターで計算しようとした際に、1原子の振る舞いをとことんまで突き詰めていくと、量子力学に行き着く。この計算がとにかく大変だ。スパコンで計算しようにも、現状で実行できるのは数個の原子で構成された低分子まで。原子の数が増えていくと計算量が“爆発”してしまい、完璧な計算は不可能だった。

 計算の仕方は分かっているものの、既存のスパコンでは性能が足りない。こんなジレンマに陥っている化学業界の研究者にとって、量子力学の原理で動く量子コンピューターは、難題を解決してくれそうな救世主なのだ。

 グーグルのAIクオンタムチームは20年8月、二つの窒素原子と二つの水素原子から成る「ジアゼン」という分子の化学反応を量子コンピューターで計算。現実の測定値や、既存のコンピューターの計算結果と遜色ない高精度な結果を得られたとする成果を米科学誌「サイエンス」で公表した。量子コンピューターで計算できた化学反応では過去最大のものだという。

 単純な化学反応ではあるが、量子コンピューターが化学の世界で“使える”ことを示した意味は大きい。量子コンピューターは、心臓部となる量子ビットの数が増えるにつれて指数関数的に性能が向上していく。グーグルが使ったのは、19年秋の量子超越達成の際に使った「シカモア」と呼ばれる54量子ビットのチップだ。今回はこのうち12量子ビットを用いて計算したという。量子コンピューターの性能が上がれば、もちろんより複雑な化学反応の計算が期待できる。

 そんな化学業界で今、量子コンピューターの活用法として最も熱い分野は「次世代バッテリー」の開発だ。電気自動車の性能向上に直結するとあって、自動車業界も熱視線を送っている。