量子エリート#1Photo by Hiroyuki Oya

オールジャパンで量子技術イノベーション立国を目指す――。トヨタ自動車、東芝、NTTなど日本を代表する大企業が、量子コンピューターの活用に向けて集結した。産業界が“巨大護送船団”方式で動きだした背景には、先行する海外勢への強い危機感がある。特集『最強の理系人材 量子エリート争奪戦』(全6回)の#1では、産学連携の最新動向を追った。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)

量子技術は「日本の将来の生死を決める」
国内大手11社のトップが抱く危機感

 経済界の重鎮がそろい踏みする、異例の光景だった。

 5月31日、量子コンピューターをはじめとする量子技術の産業応用を目指す「量子技術による新産業創出協議会」の今夏設立に向けて、トヨタ自動車や東芝、NTTなど日本を代表する大手11社のトップが集ったのだ。

 協議会設立を準備する発起人会の会長に就いた東芝の綱川智会長兼社長は、「オールジャパン体制で量子技術イノベーション立国の実現を目指す」と力を込めた。

新産業創出協議会設立発起人会量子技術の産業応用に向けて、トヨタ自動車、東芝、NTTなど日本を代表する11社のトップが集結した 提供:東芝

 記者会見で各社のトップの口から次々と飛び出したのは、現状への危機感だ。

「競争に負けるようなことがあれば将来の産業競争力を大きく損なうリスク」(トヨタ自動車の内山田竹志会長)。「金融界にとっても量子技術は死活的に重要」(みずほフィナンシャルグループの佐藤康博会長)。「単なるイノベーションや産業の創出ではなく、日本の将来の生死を決める大切な一歩だ」(JSRの小柴満信会長)。

 超高性能だけれども、実用化は数十年先だと思われていた量子コンピューター。産業界の視線が変わったきっかけの一つは、2019年10月の米グーグルの成果だ。量子コンピューターはスーパーコンピューターよりも“本当に”速く計算できたという「量子超越」が実証されたことで、“夢の計算機”の現実味が急速に高まった。

 スパコンでは1万年かかる計算を約200秒で解いたグーグルの量子コンピューターの心臓部は、53個の「超伝導量子ビット」だ。そして、1999年に世界で初めて超伝導量子ビットを実現したのは、当時NECに在籍していた東京大学の中村泰信教授と東京理科大学の蔡兆申教授だった。日本企業は先行してコア技術を開発していたのに、海外企業に先を越されたのだ。

 中村教授は20年のダイヤモンド編集部のインタビューで、NECからアカデミックの世界に転じた理由について、「この20年間、ほとんど量子コンピューターの人材がいなかった米国で、ある時から急激に人材が出始めて隆盛に至っている。米国が盛り上がっているのに、日本は盛り上がっていない。NEC単独で頑張っても人材の裾野が広がらない」と振り返っている。

「これまで日本は『技術で勝って産業で負ける』と指摘されることもあった。来る量子時代では、技術面に加えて、まずできることから始めるというスピード感を持って産業面でも世界をリードしていきたい」と綱川会長が意気込むのも無理はない。

 日本の産業界が一丸となって量子技術を盛り上げるべく、各社のトップからはそれぞれの業界での使い道を強調する声が相次いだ。