希少な量子エリートの獲得競争が激化している。海外では2700万円を超す高額の年収を提示するケースも出始めた。新たな理系人材の受け皿に乏しい日本企業。AI人材をGAFAなどの海外企業に奪われた二の舞いを演じかねない状況に陥っている。特集『最強の理系人材 量子エリート争奪戦』(全6回)の#2では、量子エリートの給料事情に迫る。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
「国際的な人材獲得競争で大きな後れ」
政府の量子戦略の懸念が早くも現実味
「量子コンピューターで計算する方法が確立していないので、ソフトウエアから開発していく必要がある。特に情報系のバックグラウンドを持った人材が不足している」
こう警鐘を鳴らすのは大阪大学の藤井啓祐教授だ。量子ソフトウエア研究拠点となった阪大の量子情報・量子生命研究センターでは、企業も参加できる量子ソフトウエア勉強会を6月4日から始めた。
既存のコンピューターは、全ての情報を「0」と「1」の組み合わせで表現する。この情報の基本単位がビットだ。一方、量子力学の世界では、状態を必ずしも一つに確定する必要はなく、0かもしれないし、1かもしれないという、あいまいな状態が許される。
量子コンピューターの情報の基本単位となる量子ビットは、二つの状態の重ね合わせを扱うため、より多くの情報を持つことができる。これが量子コンピューターの潜在力の源泉なのだが、それだけに扱いは難しい。
何せ、量子コンピューターを動かすためのプログラムを書こうにも、動作原理そのものが既存のコンピューターとは異なるのだ。優秀なプログラマーやエンジニアを連れてきても、そのままでは役に立たない。新しいプログラムを作るためには、「量子力学の知識や、量子コンピューターの仕組みの理解が必要になってくる」(藤井教授)のだ。
「量子人材を育てるためには、日本の各大学に少なくとも研究室が一つあるような体制が必要だ。量子コンピューターに触れられる機会もまだまだ足りない」と藤井教授は訴える。
政府が2020年1月にまとめた量子技術イノベーション戦略では、「量子技術をめぐる国際的な競争が激化する中、わが国で量子技術の研究開発などに携わる研究者・技術者層は、諸外国と比べて薄い状況であり、国際的な人材獲得競争から大きな後れをとるおそれ」があると指摘されている。
この懸念は早くも現実になりつつある。海外では、希少な“量子エリート”に高額報酬を提示することが既に当たり前になっているからだ。