金融3メガの最後の1社がついに動きだした。三井住友フィナンシャルグループがグループ総出で量子人材育成に乗り出す。JPモルガン、ゴールドマン・サックスなどの海外勢や、IBM・慶應義塾大学と組んで先行して活用法を模索する三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループに追い付けるか。特集『最強の理系人材 量子エリート争奪戦』(全6回)の#4では、量子コンピューターの活用を目指す金融業界の取り組みを追った。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
「5~10年以内に」金融業界は利用可能
ゴールドマン・サックスの衝撃の予測
金融業界では「5~10年以内に」量子コンピューターが利用可能になると予想される――。
米金融大手のゴールドマン・サックス(GS)は4月29日(現地時間)、米量子ベンチャーQCウェアとこんな研究成果を公表した。
金融商品のリスク分析などに使われる「モンテカルロシミュレーション」では、量子コンピューターを使えば既存のコンピューターよりも1000倍以上速く計算できるアルゴリズムがあることが知られていた。しかし、現在の発展途上の量子コンピューターは、このアルゴリズムを実行できるだけの性能に達しておらず、実用化に足る高性能なマシンが登場するまでには10~20年かかるとみられていた。
GSとQCウェアの研究者は1000倍という速度を“犠牲”にして、より早期に実用化する方法を模索。その結果、高速化は既存のコンピューターの100倍程度にとどまるものの、5~10年以内に利用可能になると予想される比較的“低性能”な量子コンピューターでも実行できる新しいアルゴリズムを開発した。
両社によれば、モンテカルロシミュレーションは通常の場合、1晩に1回実行しているという。1晩かかる計算の時間が100分の1になれば、トレーダーは最新の市況を反映したリスク分析が可能になり、「世界中の金融市場の運営方法を変革できる」(両社)。
GSなどの米金融大手がトレーダーを減らし、エンジニアの採用を増やしていることは有名な話だ。技術で優位に立つことがそのまま利益に直結する金融工学の世界で、出遅れは許されない。“夢の計算機”である量子コンピューターが、いつ使えるようになるか本腰を入れて調べている。
GSが米IBMと2020年12月に発表した研究成果では、量子コンピューターの論理量子ビットが7500に達すれば、デリバティブ商品の価格設定でアドバンテージを得られると予測。IBMは23年までに1000量子ビット(10~50論理量子ビット)以上の量子コンピューターを開発するというロードマップを掲げており、7500論理量子ビットは当面先の話ではあるものの、GSは量子コンピューター導入の“Xデー”を見極めようと全力を挙げる。
またJPモルガン・チェースもIBMが量子コンピューターの実用化に向けて17年に提携した初期メンバーの4社に名を連ねる。IBMとは異なる仕組みのイオントラップ方式の量子コンピューターを手掛ける米ハネウェルとも提携したほか、量子計算科学者を年収1650万円で募集したこともあった。最先端の知見を集めるために精力的に動いている。
国内メガバンクでは、三菱UFJフィナンシャル・グループとみずほフィナンシャルグループが、18年5月に慶應義塾大学に開設された量子コンピューターの研究開発拠点「IBM Qネットワークハブ」の初期メンバー4社に名を連ねた。量子コンピューターを使ったモンテカルロシミュレーションの計算手法を改良した研究成果は、19年4月に公開されると即座にJPモルガンがIBMとの共同研究に活用した。
世界の大手金融機関が、IBMなどの先駆者と提携して量子コンピューターの可能性を模索する中、国内金融3メガで唯一静観する構えを見せていたのが三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)だ。そんなSMFGが、グループ総出で量子人材育成に向けて本格的に動きだした。