日頃、筆者の仕事で交流のある介護現場スタッフの皆さんからは、次のような話をよく聞く。

「正直、自分なら食べたくないなと思う食事を利用者さんに出しても、おいしく食べてくれないのが当然だよねー」

「現場では、薬はきちんと飲ませるけど、食事に関しては無頓着であることが多いように思う」

「日本はとにかく野菜は健康、制限することは健康という固定観念に縛られていて、本当は何が大事なのか、考えなくなっている…。本来人間の本能である食べる楽しみを軽視して、管理することばかり目が向いていると感じる」

 一方、中国の介護事業者らは、日本の介護施設を見学した際、いつも日本の「介護食」に驚き、絶賛する。なぜなら、日本は「最期まで口からおいしく食べられるように」といったことに重きを置いているから施設が多いからだ。

 日本の介護施設では、嚥下(えんげ)機能が低下すると、口腔ケアを定期的に実施し、高齢者の健康状態に応じたきめ細やかな食事の調整が行われる。そして、食材の固さややわらかさ、色、形などの見た目まで工夫する。「盛り付けがとてもきれいで食欲をそそる」「一見普通の食事なのに、口に入れるとすぐ溶けてしまう!」と中国の見学者らは驚く。また、中国では、日本の一日30品目の食材を食べる推奨に深く感銘を受け、見習っている。

 これに対して中国は、いったん高齢者に嚥下障害が始まれば、これまでもりもりと食べていた状況が一変する。最初はおかずをミキサーで細かくしてペースト状にしたり、おかゆにしたりするが、そのうちに経管栄養に切り替える。ゆえに、介護度の高い多床室では、経管栄養の状態で寝たきりになっている入居者がよく見受けられる。

 WHOの統計によれば、2019年時点で日本人の平均寿命は84.3歳、健康寿命は74.1歳であるに対して、中国人の平均寿命は77.4歳、健康寿命は68.5歳である。人生で可能な限りおいしく食べて70歳まで生きるか、計算された食事で長生きするか――。その選択ともいえないだろうか。

「食べる力は生きる力」。人間の本能である食べる行為、おいしい食べ物が人々を幸せにすることは疑いようもない。特に人生の最終段階においては、高齢者にとっての最適な食とは何なのか。何が幸せなのか。良いケアはどんなケアなのか。日中のそれぞれの取り組みから、あるべき食事の形を考えてみる。このような交流がとても大事だ。

 筆者は、日本と中国の高齢者の生活を考えるセミナーを度々主催しているが、その参加者の反応からもお互いの介護ビジネスへの関心が非常に高いことを実感している。お互いの良い点を知り、取り入れて、両国の高齢者を取り巻く環境がよりよく発展することを切に願う。