大手保険グループのMS&ADインシュアランスグループホールディングス(以下、MS&ADグループ)が、米シリコンバレーに進出して4年。縁もゆかりもなく、ベンチャー企業に投資した経験も乏しかった同社は、今では現地からも一目置かれる存在になっている。グローバル時代で勝つべく海外へ目を向け、早期にシリコンバレーに足掛かりをつくることに成功した同社の背景には何があるのか。特集『グローバル時代に勝つ人材の流儀』(全6回)の#4では、進出当時、グループCFOとして社内変革のきっかけをつくった藤井史朗・三井住友海上プライマリー生命保険取締役会長に話を聞いた。(聞き手/校條 浩)
変わったやつをシリコンバレーに派遣
「ノーペイン、ノーゲイン」で突破
校條 MS&ADグループのように国内にしっかりとした経営基盤を確立されている企業の経営者は、海外のベンチャービジネスのことは気にはするものの、人もお金も出して進出しようという大きな決断をする人は少ないと思います。
藤井さんは当時、どのような考えからシリコンバレー進出を決断されたのでしょうか。
藤井 5~6年前になるのですが、MS&ADグループ社長(当時)の柄澤康喜と中期経営計画についてディスカッションをしていて、今後は世の中ががらりと変わっていくような、大きなイノベーションが起きるだろうという意見で一致しました。ちょうどフィンテック、インシュアテックなんていう言葉も出始めていました。
ところが、日本ではインシュアテックの具体的な例もない。そこで、誰かシリコンバレーにでも派遣するかということになったのです。そのときは、日本の本社で議論していても分からない、実際に人を送り込んでみるのが先だというふうに考えたのです。
じゃあ、誰を送り込むか。ここでは僕は「変わったやつ」を探しました。そうしたら、サラリーマン離れしていて、米国育ちの者がいたので、その社員を派遣しました。
シリコンバレーに社員を派遣しても、最初は本当に何がどうなっているか分からなかった。ただし、ベンチャーの世界には「エコシステム」というものがあるらしいということが分かった。
当時は「エコシステムって何だ」と本社では話をしていました。日本語に直訳すると「生態系」って、訳が分からない(笑)。
そこで現地からの報告だけではなく、現地に詳しい人に話を聞いたりしていると、「自らリスクを取ってチャレンジしている人の集まり」という姿が見えてきたのです。リスクを取っている人じゃないと、シリコンバレーでは本当の仲間に入れてくれないし、話もしてくれない。情報も得られない。そういうことが分かったのです。