死後の手続き お金の準備#8Photo:takasuu/gettyimages

「争族」を避けるために有効な遺言書。2020年7月から、全国の法務局で自筆の遺言書を保管する新たな制度がスタートした。紛失や改ざんなどのトラブルは回避できるのだが、利用には思わぬ落とし穴があった。特集『死後の手続き お金の準備』(全16回)の#8では、最強の争族対策である遺言書の最新事情をお届けする。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)

自筆と公正証書の“いいとこ取り”?
遺言書の法務局保管制度がスタート

 誰に何を残すのか――。

「遺言書」は、法律で認められた、亡くなる人の人生最後の意思表示だ。それだけに効力は絶大で、遺族の骨肉の争いを回避できる最強の“争族”対策になる。

 遺言書がない場合には、法定相続人全員を集めて「遺産分割協議」をする必要がある。相続が争族に化ける代表的な場だ。法律で定められた法定相続分に沿って分割すればいいと感じるかもしれないが、そうスムーズには進まない。

 家や土地など単純に分割できない遺産もあれば、遺族それぞれに希望や思惑もある。法定相続分通りに分割できない事態はざらにあることを心得ておきたい。

“家族会議”で方向性がまとまって、「遺産分割協議書」を作成し、内容を確認した上で実印を押せば協議は成立する。しかし、成立には「相続人全員の同意」が必要だ。一人でも異を唱えれば協議は不成立。たいていは協議が棚上げになり、家庭裁判所で「遺産分割調停」の申し立てへと発展し、相続が争族になってしまう。

 一方、遺言書が残されており、そして法的にも内容的にも問題がなければ、遺言書通りに遺産分割を行うことができる。相続分の優先順位が、(1)遺言書(相続人に認められた遺留分は除く)、(2)遺産分割協議、(3)法定相続分――となっているためだ。

 だからこそ、遺産でもめ事を起こさず円満な相続を実現するためには、きちんと遺言書を残しておくことが非常に重要なのだ。

 残された人にとっても、「遺言書探し」が一連の相続の手続きが本格化するスタートラインだといっていいだろう。

 遺言書は一般的には「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」に大別される。

 自筆証書遺言は、遺言する人が自分で書いたものだ。メリットは何よりその手軽さにある。思い立ったときに自分で書いて保管しておくだけなので、費用もかからず作成が簡単だ。遺言内容を変更することも大した手間はかからない。

 もちろんデメリットもある。まずは死後に遺言書を見つけてもらわなければ、無意味になってしまうことだ。また手軽に作成できる半面、複数の遺言書が出てきてトラブルになるケースや、遺言書を改ざんされたり隠蔽されたりするリスクが付きまとう。

 加えて、内容や形式に不備があるために遺言書として無効になってしまうことも少なくない。せっかく遺言書を作成していたのに、信ぴょう性などを裁判で争う争族の火種となる可能性すらあるのだ。

 なお、自筆証書遺言を利用して相続手続きを進めるためには、家庭裁判所の検認を受ける必要があることは覚えておこう。

 一方、公正証書遺言は、公証役場で公証人に作成してもらう。遺言を残す人は、その内容を公証人に口頭で伝えるのだ。メリットは、何といっても自筆証書遺言のような偽造や紛失の恐れがなく、形式不備で無効になる可能性もないことだ。また開封時の家庭裁判所の検認も不要だ。

 とはいえその分、作成には費用も手間もかかる。公証役場に赴かなければ作成できない上、2人以上の証人の立ち会いが必要になる。内容を書き換えたければ再度証人を用意する必要があり、追加の手数料もかかる。また、遺言内容を証人に知られてしまう点も人によってはマイナスだ。

 この二つの遺言書の“弱点”を埋める制度が、2020年7月から始まった。自筆証書遺言の法務局での保管制度だ。

 自宅で保管することが一般的だった遺言書を法務局に預け、死亡した場合には指定した人に通知が届くため、紛失や偽造の心配がなくなる。形式もチェックしてくれるため、形式不備で遺言書が無効になる可能性もなくなった。内容の変更も、新たな遺言書に更新して保管するだけなので容易だ。家庭裁判所の検認も不要なので、その手間や時間を省くことができる。

“いいとこ取り”に見える法務局で遺言書を保管する新制度。ところが、実は落とし穴も存在する。