本当のアーティストは出荷する
アップルが製品を出すと、他の企業から、我が社でも研究所では同じようなことをやっていたなどの声が上がることがあるが、研究レベルの試みと、現実に市販するのとでは雲泥の差以上の違いが存在する。ジョブズは、「製品をドアから出せ」、「本当のアーティストは出荷する」といった言葉で、市販することの重要性をスタッフに説いたが、他社のベンチマークとなる製品を出してこそ、新たな市場という土俵を作りあげて、そこで勝つためのルールを自ら制定できるわけだ。
だからこそ、アップルは、そのときどきでライバルと目される企業が変わりながらも、生きながらえてきた。IBM、マイクロソフト、グーグル、ネットフリックスなど、IT業界のトレンドの記事でメディアが取りあげる仮想敵は常に変化してきたが、もう片方は必ずアップルなのだ。
ジョブズの最大の功績
これは容易なことではないが、アップルの勝ちパターンはそこにある。まず原型となりうるものを突き詰めて作り上げることに全力を尽くし、そうして出来上がった製品の告知から販売に至るまで、一貫したブランディングの下で行われる。若き日のジョブズは、優れた製品を作れば消費者はついてくると考え、その点にこだわったためにバランスを欠いてしまった。ところが、アップルを離れてNeXTを設立し、そこでも同じ過ちを繰り返したのちに、映画監督のジョージ・ルーカスから買い取ったピクサーを成功させるなど、さまざまな経験が彼を成長させていく。そして、理想と思える製品を作るだけでなく、それを普及させるための方法自体も再発明しない限り、ビジョンの実現はあり得ないことを痛感し、Think Differentキャンペーンやアップルストアの整備など、ブランディングや販売方法に至るまで、徹底して磨き上げていったのだ。
振り返ればジョブズの最大の功績は、超巨大企業であるアップルのファウンデーションを確立したこと、そして、その未来をティム・クックに託して持続可能なビジネスの一つの在り方を世界に示したことにあるといえるだろう。今もジョブズを懐かしむ声があることは理解できるが、晩年のジョブズは、彼なしでも存続できるアップルを作り上げることに全身全霊を傾け、それを成功させたのである。