これらのPERが常に低く置かれている背景ですが、それは、のちほど述べる割引率のディスカウント幅などを調整することで、当期純利益で算出されるPERに負債の要素を織り込んでいるためだと考えられます。したがって、一見、負債について無関係そうに見えるPERも、こう見ると抜け目がないバリュエーションだと改めて考えさせられます。

会社所有者の資本コストとは?

 ここまで見てきたように、長期的に見ればFCFFもFCFEも当期純利益に収束していくと考えるのであれば、割引率は株主資本コストでよいのではないか、ということになります。

「ちょっと待て。先ほど当期純利益には負債を活用した利益が含まれているから、割引率に株主資本コストを使うのはおかしい」といった指摘もあるでしょう。

 ここで株主資本コストについて考えてみたいのですが、CAPMでは、過去の株価のふるまいであるβ、またD/Eレシオといった要素に株式リスクプレミアムを考慮して算出しました。また、CAPMでは、資本構成に応じて、負債と株式で加重平均を使うWACCを見てきました。CAPMでは、負債と株主資本コストがそれぞれ独立して存在しているかのように見えます。

 ところが、株式投資家からすると、この考え方に違和感があります。株式投資家にとって将来の利益やキャッシュフロー予想もさることながら、財務体質も分析範囲になります。

 たとえば、金利水準は公開資料などから知ることができ、レバレッジ(D/Eレシオ)がかかりすぎていれば、当然、投資するにあたってはリスクととらえます。つまり、株式投資家が考慮する個別銘柄の株主資本コストには、負債の資本コストの要素が含まれているという考え方です。

 株主は、株式市場で上場企業に投資をしている時点で、リスク資産である「株式」のリスクをとっています。では、株式のリスクにはどのようなものがあるのでしょうか。株価が変動するというリスクをはじめ、最悪の場合、たとえば会社が破綻した際に債権者の回収が優先され、株券が紙切れになるリスクもあります。債務から発生するリスクを含め、株主は会社の所有者としてのリスクをとっているわけです。それが真の株主資本コストであり、ここでは「会社所有者の資本コスト」としましょう。

 では、この「会社所有者の資本コスト」をどのようにとらえればよいでしょうか。

 これは、株式市場全体のPERを使うことで把握することができると考えています。拙著『機関投資家だけが知っている「予想」のいらない株式投資法』で掲載したPERの式を改めて記載します。

PER=1÷(r-g) ……(7)

(7)の式から、PERは割引率の逆数と見ることができます。PERを株価と1株当たり当期純利益に分けて考えてみると、以下のようになります。

株価÷1株当たり当期純利益=1÷(r-g) ……(7)’
株価=1株当たり当期純利益÷(r-g) ……(7)’’

 では、割引率は何で構成されているかというと、rとgから構成されています。ここでのrが「会社所有者の資本コスト」であり、gは当期純利益の成長率ということができます。

 株式市場全体のPERが14倍であれば割引率は7%ですし、20倍であれば5%です。予想することなく、株式市場にすでにある数字を使えばいいのです。株価は将来の予想を含んで値付けされているため、自分で予想する必要もなく、恣意性を排除することができます。