ただし、PERの逆数がそのまま「会社所有者の資本コスト」になるかというと、そうではありません。rのほかにgの要素があるので、常に組み合わせで考える必要があります。

 たとえば、割引率が7%でも、株式市場に参加する企業の当期純利益の期待成長率が1%であれば、rの「会社所有者の資本コスト」は6%になり、期待成長率が0%であれば、rは7%になります。割引率も常に「会社所有者の資本コスト」と利益の期待成長率の組み合わせというわけです。

 こうして見ると、株式市場のPER、およびその逆数である割引率はそのまま使えるわけではありませんが、非常に意味のあるデータだということがおわかりいただけると思います。機関投資家などは、経験を積むにしたがって投資家の入門編のバリュエーションであるPERを軽視することもありますが、PERに込められた意味を知れば知るほど、その深さを感じざるをえません。

個別銘柄の割引率はどう決めるのか

 ここまでは株式市場全体の割引率についてみてきましたが、個別銘柄ごとの違いはどのようにつければよいでしょうか。自分で強弱をつけるにしても、以下のような要素が検討対象となるでしょう。

 では、rから見ていくことにしましょう。rについての検討事例は以下の通りです。

・経営者を評価することによるプレミアム or ディスカウント
・コングロマリット(事業が分散しすぎている)であることのディスカウント
・規制業種であることのディスカウント
・業績の安定性、ぶれによるプレミアム or ディスカウント
・財務体質の強弱によるプレミアム or ディスカウント

 ファイナンスで見るCAPMは、株価のふるまいという定量化できる要素が目立っていましたが、実務では上記のような要素も、株価を考える際や投資判断をする際に議論されています。

 もちろん、CAPMで考えるβでも上の要素は含まれていると思いますが、上の例は株式市場全体の「会社所有者の資本コスト」に対して、個別銘柄ではどのような差を認めるのかという議論になります。

 また、gについては、DCFモデルを作成する際に個別企業の収益予想があるでしょうから、それをもとに、株式市場における企業全体の期待成長率gと比較してどの程度の乖離があるかで調整すればよいでしょう。

 個別銘柄に使用する割引率についてまとめると、以下のようになります。

個別銘柄への割引率=(r±個別企業でのプレミアム・ディスカウント)-(g±調整幅) ……(8)

「会社所有者の資本コスト」は、プレミアムの場合は(r-プレミアム分)、ディスカウントの場合には(r+ディスカウント分)とし、gについては、当期純利益の期待成長率が上回る分を加え、下回る分については引くことにします。

 もっとも、割引率全体について大きく手を加えるのは極力避けるほうがよいと考えています。割引率は1%分でも調整しようものなら理論株価に大きな影響を与えるからです。株式市場全体が織り込んでいる割引率を前提にして使用するのが無難です。

 企業ごとに差をつけるのであれば、割引率の分母ではなく、まずは分子のキャッシュフローの予想のほうで差をつけるべきだという考えです。

 割引率に関しても、相場の熱量次第で大きく変わります。日本の過去の株式市場を振り返れば、ITバブル時のようにPERが極端に高いときや、リーマンショック後のように上場企業全体で利益が出ていない場合を除けば、5~9%程度の幅が見られます。5%の場合には株式市場が過熱気味、9%の場合には売られすぎといった印象です。私の場合、特段の理由がなければ、そのちょうど間の7%を基準にしています。

 話はそれますが、相場がパニック的な状況、たとえばリーマンショック後や東日本大震災直後など、多くの企業が当期純損失に陥ってPERが算出できず、割引率も測れないということもあります。このようにDCFモデルでは対応できないときが少なからずあります。そうした場合には、PBRを使って対応することが必要になります。