イラクのフセイン政権は
アメリカの情報網を買いかぶってしまった

ジャーナリスト。1960年に早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局とともに入社。1977年にフリーに。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」などでテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ「城戸又一賞」受賞。早稲田大学特命教授を歴任(2017年3月まで)、現在は「大隈塾」塾頭を務める。「朝まで生テレビ!」「激論!クロスファイア」の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。近著に『新L型経済 コロナ後の日本を立て直す』(冨山和彦氏との共著、KADOKAWA)。 Photo by Teppei Hori
田原 しかしバグダッドに着くと、フセインの側近が、フセインには会わせられないと言う。
田原の行動は全部、アメリカのCIA(中央情報局)がキャッチしているようだ。田原がフセインに会った瞬間、フセインを狙ってアメリカから空爆される。だから会わせられないと。その代わり、当時副大統領だったラマダン(ターハー・ヤースィーン・ラマダーン氏)と会って話すことができた。
ラマダンが僕に言ったのは、「アメリカは我々が大量破壊兵器を持っていると言うが、残念ながら我々は大量破壊兵器を開発できていない。このことはアメリカ側も知っているはずだ。だから攻撃するのだ。もし我々が大量破壊兵器を持っていれば下手に攻撃できない。持っていないことを知っているから攻撃するのだ。2005年2月に北朝鮮が核兵器の保有宣言をした。それはそのことを知ったからだ」。こう言ったんですね。つまり、大量破壊兵器がイラクにないことをアメリカは把握していたと。
三浦 その時点ではアメリカは把握はしていなかったのではないでしょうか。
田原 知っていたんですよ。ラマダンが言うには、アメリカは知っていたからイラクを攻撃したと。
三浦 イラク側はそう思っていたかもしれませんが、アメリカの政府は把握まではしていなかったと思うんです。
池内 イラク側は、自分たちが大量破壊兵器を持ってないことはもちろん、わかっています。
ただ、当時のイラクの政権のプロパガンダは、イラク国民に対し、「我々は化学兵器を持っていますよ」「核兵器を開発していますよ」というものでした。自分たちが持っていないことを知っていて、持っているフリをした。なぜかというと、そうしないと、イラク国民、あるいはイランなどの隣国に倒されるかもしれないからです。
庶民は実際に怖がっているんです。例えばフセイン政権時代に、イラク人と一緒に車に乗っていて、煙が上がっている工場の前を通ったんです。すると「あそこはペトロケミカルの工場だけど、本当はあそこで化学兵器を造っているらしいんだよね」ということをイラク人が私に言うわけですよ。彼らからすると、化学兵器を造っていると予想されるからこそ政府が怖いのです。
1999年や2000年の段階ではイラクの宣伝メディアも、核開発が進んでいてそれは核兵器の開発につながっていくかのように報じていました。そのため「化学兵器は当然、持っているはずだ」と国民は思っていたわけです。当時の政権からすれば、十分、国民を怖がらせることができていたんです。
とは言え、真相はバレていますよね、アメリカであればわかっているはずですよね、とラマダンたちは言っていたのだと思います。
田原 でも、イラクの当時の副大統領がそう言っているんですよ。アメリカ側は知っていると。
池内 アメリカ側はそんなことは百も承知だろうと、イラク側は思っていたかもしれません。でも実際はアメリカ側はどこまで把握していたかはわからないんです。
イラク政府が「大量破壊兵器を持っている」と国民や国際社会に思わせようとしている証拠はあるんです。それはもうイラクの新聞の一面を読めばそう受け止められるのは当然であり、イラク国民もそう信じている。そうした情報は、アメリカの情報当局はアメリカ政府にすべて伝えてはいたはずです。でも、実際に大量破壊兵器を持っていたかどうかは、イラク政府の中枢の人しか知りません。持っているフリをずっとしていたのが真実でしょう。
田原 違うんですよ、アメリカはイラクが大量破壊兵器を持っていないことを知っていたからこそ、戦争をしかけたんだ。
池内 イラク側の言い分としてはそうでしょう。イラクの政権担当者は、自分たちが大量破壊兵器を持っていないことは知っていた。でも国民や海外には持っているとアピールしていた。イラク側のそのような背景をアメリカがどこまで把握していたかは、アメリカの情報当局者に聞かないとわからないんです。

三浦 イラク側は、アメリカなら実際は我々が大量破壊兵器を持っていないことを当然、知っていたはずだと思っていた。発言が本心だとすれば、こうしたケースって、本当によくあることなんです。つまり、だいたいの国はアメリカを買いかぶるんですよ。アメリカは我々のやっていることなんて全部把握しているに違いないと。でも実際は、イラク戦争前夜のアメリカは、イラクに関する情報なんてほとんど持っていなかったと思います。
池内 ほとんどどころか、私のような外国の学者と同じレベルの情報しか持ち合わせていなかった。アメリカの新聞だって、その程度の情報をもとにイラクの核開発能力を議論していたんです。
田原 池内さんも三浦さんも、アメリカの情報収集能力を過小評価しすぎではないでしょうか。日本と違ってアメリカは情報収集のプロフェッショナルなんですよ。
三浦 シグナルで取れるもの、例えば通信を傍受するとか、衛星写真の活用とか、そうした技術を用いて情報を取得するのはアメリカは確かに得意です。
たとえば、このようなデータ活用の威力を発揮したのが、オサマ・ビン・ラディンを殺した時。衛星写真というのは、経時的に見ることで、建築中の建物がどのようにして出来上がっていったか、屋根が付く前の間取りさえもわかるわけです。そこで、ビン・ラディンがいると考えられていた建物の間取りを把握し、一番大きな部屋におそらくビン・ラディンが住んでいるのではないか、そう当たりをつけて突入した。こうした能力はアメリカは本当にすごいものがあります。
ただ、人から直接、取ってくる情報というのは、イラク戦争前のアメリカは本当にお粗末なものでした。アフガニスタン戦争によって、ようやくアフガニスタン内の情報をある程度、取れるようにはなりましたが…。