中村哲さんはアフガニスタンを
どうしたいと思っていたのか?

田原 話が少し脱線して申し訳ないですが、中村哲さんはアフガニスタンをどうしたいと思っていたのでしょうか?

池内 中村さんは大変素晴らしいかたでした。中村さんから見ると、今のアフガニスタンの生活を、無理に近代化する必要はないという考えだったと思うんです。近代化しなくても、アフガニスタン土着の歴史や伝統文化を大事にしながら、生活を豊かにする方法を探っていたように思えます。

中村哲医師中村哲医師
…日本の脳神経内科医師。パキスタンやアフガニスタンで医療活動に従事し、医療活動の傍ら、人道支援にも取り組み、約1600本の井戸を復旧・掘削した。地下水の枯渇を懸念したアフガニスタン政府が井戸掘りを禁止した後は、大規模な用水路を建設。医療から農業支援、用水路建設にいたるまで、アフガニスタンの平和と復興の実現に力を尽くしたことがアフガニスタン国内で評価され、国家勲章や名誉市民権などが授与された。2019年12月、ナンガルハル州ジャララバードにて、車で移動中に武装勢力に銃撃されて死去。日本政府は旭日小綬章や内閣総理大臣感謝状を授与した。 Photo:David Greedy/gettyimages

田原 近代化しようと考えていないのに、なぜ殺されてしまったのでしょうか?

池内 思想は別にしても、実際は現地社会を変えているからですね。中村さんの頭の中にある理想のアフガニスタン像というものがあって、そこに向けて、アフガニスタンを、ごく一部であっても作り替えようとしていたわけです。それは、西洋が押し付けようとしている価値観でも、タリバンの価値観でもない特殊な思想、「中村主義」だと思うんです。

 中村さんの考える権力構造、それはある種の原始共産主義みたいなものだと思いますが、そのような中村さん自身のビジョンに沿って、草の根の開発を行っていく。すると、現地の社会の中では「よそ者に自分の権力が奪われる」と思う人が出てもまったくおかしくないとは思います。

【鼎談】田原総一朗&池内恵&三浦瑠麗「米国のアフガニスタン戦争は失敗だったのか?」Photo by Teppei Hori

田原 三浦さんはどう思いますか?

三浦 私もそう思います。中村さんは、日本の先進国的、民主的な価値観とは別の価値観を持っていらっしゃっていて、できるだけ現地の人の立場に立って人と接し、自分の描くプロジェクトを進めるための協力を取り付けたりしました。この技術を取り入れてみたい、生活をもう少し豊かにしたい、そういう思いがまずはあったのだと思います。

 アフガニスタン人自身でメンテナンス可能な、灌漑(かんがい)設備の普及を通じて、食糧生産を向上したり、厳しい自然条件の下で栄養価の高い農作物を育てようとする技術者の使命感は、よく理解できます。技術や知識が具体的に人命を救うのですから。でも、それを「外国人が入ってきてこれまでの現地社会を変えようとしている」とみる人ももちろんいるわけです。

 日本だって幕末に開国を迫られた時、攘夷などと言い、その外国人がどんな人で何をしているかも知らずに、刀で斬りつけたりしていましたよね。アフガニスタン社会でも、その人がどういう人であれ、外国人として敵視されることは十分、あり得ると思います。

田原 日本は、開国派だった大老の井伊直弼は、尊王攘夷派に殺された。でも井伊直弼を殺した尊王攘夷派が開国をしてしまうんだよね。皮肉というか。

【鼎談】田原総一朗&池内恵&三浦瑠麗「米国のアフガニスタン戦争は失敗だったのか?」Photo by Teppei Hori

三浦 でも外国人の側からすると、たまったものではないですよね。

田原 現にね、中村さんは農村の中に運河を造ったりして、地域の生活はよくなっているんですよね。

池内 おっしゃる通り、中村さんが入ったところはよくなっている面があります。彼はアフガニスタンという国を全体として根本的に変えたいと思っていたわけではないと思います。でも、彼のやろうとしたことは、村落内の権力構造を明らかに覆すことにはなりました。そうなると、当然、喜ぶ人がいる一方で、彼を恨む人だって出てきます。

田原 中村さんは、タリバンのことを別に敵だとも思っていなかった。

池内 中村さんはタリバンを敵視していませんでしたし、タリバンだって、中村さんがアメリカの占領者と同じではないということはわかっていたはずです。

 ただ、すべてのタリバンの人がそう思っていたとは限りません。そもそも、アメリカやNATO諸国が巨大な軍事力と経済支援を行っているアフガニスタンの中では、中村さんの活動はそれほど大規模なものではありません。タリバンの中には、「外国の占領者のひとりが村落に現れて、勝手に今までの生活を作り変えようとしている」と考える人がいてもおかしくない。

 タリバンだけでなく、地元の村落の人にも、「自分が持っていたものを奪った」と中村さんを敵視する人がいたかもしれません。中村さんの活動が、土着の権力構造を揺るがすに有効な支援である以上、それは残念ながらあり得ることです。

田原 日本含め国際社会は、タリバン政権を認めるべきでしょうか?

【第3回へ続く】