医療の枠にこだわらず
社会課題の解決をめざす

長縄氏歯科医師・医学博士・画家の長縄拓哉氏

 歯科医師になったのは「両親の勧めでなんとなく」。親や親せきが医者だったからといったような、よくあるパターンからは外れる。

「なので医者や歯医者になりたいモチベーションは一切なく、さらにあまり成績が良くなかった(笑)。結果的に、医学部に合格することはなく、歯学部(東京歯科大学)にはなんとか補欠合格することができました。

 もともと医学に興味があるわけではなかったので、学生時代は、基本的に決められたカリキュラムを淡々とこなしているだけ。成績はぎりぎり再試験や補講にならないみたいなラインで、あまりよくありませんでした。

 勉強は苦手です。だからできれば楽しくやりたいと思い、『どうすれば楽して結果を出せるか』を真剣に追求し、楽をするためにめちゃくちゃ努力した(笑)。例えば自分は弱い人間なので、逃げられない環境に自分を置いたほうがいいだろうと、苦手だった『生化学教室』にあえて入り浸りました。教科書を読んでも分からないので、実際に実験をしたり先生に直接聞いたり、論文を書いたりといった逃げ場のない、過酷な環境に自分を追い込んだ。そのほうが僕は楽なんですね。

 あと、当時から今もずっと一貫しているのは、『人と違うことをする』こと。戦ったら絶対に勝てないことが多いので『競争を避ける』(笑)。また、もともと医療という枠へのこだわりもないので、医学で解決できない問題は、それ以外のアプローチも模索する。この2点をモットーに活動しています」

 競争を避け、プレーヤーの少ない領域を選んだ結果、「口腔顔面痛」や「オンライン診療」「オンライン講座」といった新天地の開拓につながった。

「プレーヤーが少ない領域は、発展が遅れがちですが必要としている人は確実にいます。進歩を加速させたくてもそもそも取り組んでいる人が少ないので人任せにはできません。徐々に『自分がやるしかない』という強い使命感みたいなものが芽生え、のめり込んで行きました。

 プレーヤーが少ないニッチな領域はいくらでもあるので、その中で何に取り組んだらいいのか。粘り強く継続するためにも、選択する際の理由付けは明確にしています。具体的には、なぜ自分がやるのか、社会的な貢献性・意義があるのか、自分がやることで世界は変わるのか、を意識して選択しています。こうした判断基準に基づいた結果、今の僕の取り組みは全て『社会課題の解決』に向いています」

 目下、歯科医師として働きながら、医療・介護従事者向けのオーラルケア資格講座「BOCプロバイダー」グループに加え、「がんと言われても動揺しない社会」をめざす一般社団法人CancerXの運営にも関与。背景には学生時代に携わった、生化学教室での抗がん剤の研究経験が生きているという。

 今年5~6月には、自作の「現代美術」を駆使してアートと痛みの関係性を探る『アートが痛みを減らすっ展!?』(於:二子玉川の蔦屋家電+)を開催。医療で解決できない課題を、アートの力で解決することにも取り組んでいる。

「社会は課題ばっかりです。でも、例えばそれを美術の作品にして、問題提起したとしても、僕が解決できることじゃないなと思ったら、もう作品にはしません。無責任な発信はしない。

 いろいろと取り組んでいますが、結局は課題に対する新たな解決策を生み出し実装することに価値があり、さらに『一度始めたら簡単にはやめない』ことが非常に重要だと思っています。アイデアだけなら価値はない。実装にこだわり、粘り強く継続して行きます」

 確かに、アイデアだけでは何も解決しない。新天地は開拓し、サスティナブルな領域へと成長させてこそ意味がある。

 医療で解決できない課題には、アートなど別の手段でのアプローチも模索する。医療の枠にはこだわらない。長縄拓哉氏はこれからも、フロンティアを開き続けるのだろう。

長縄拓哉(ながなわ・たくや)歯科医師・医学博士
2007年、東京歯科大学卒業後、08年より東京女子医科大学病院歯科口腔外科で口腔腫瘍、顎顔面外傷、口腔感染症治療に従事。12年よりデンマーク・オーフス大学に留学し、口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)について研究。口腔顔面領域の感覚検査器を開発し、国際歯科研究学会(IADR2015、ボストン)ニューロサイエンスアワードを受賞。18年、ムツー株式会社を設立し、代表取締役に就任。現在は、訪問歯科を続けながら、デンマークと日本の研究活動推進プロジェクトJD-Teletech(日本代表)や(一社)訪問看護支援協会BOCプロバイダー認定資格講座(総括医師)、がんと言われても動揺しない社会を目指すCancerX、現代美術を用いたコミュニケーションデザインなど、社会課題を解決するための活動をメインに行っている。