マーケティングよりも、研ぎ澄ませた自分の感性を信じる
――中野さんが勘でやっているように見えることも、そこに至るまで頭の中で整理されている情報があるわけですね。それでも勘が外れることもあるのでしょうか。
中野 この前、たまたま通りかかった銀座のお店で箱に入った美味しそうで大粒のサクランボを売っていて、値段を見たら字がすごく小さかったんですよ。
5の数字が見えたから「一箱5000円か。高いな」と思って、でも食べたかったから「これお願いします」ってレジに持っていったら5万円だったんです。「え! 5万円もするんだ」とびっくりしましたけど、「まあ、いいか」と思って買って食べました。
そしたら、この季節はずれのサクランボがすごく美味しくて、一人で全部食べたらそれでもう満足しちゃったんです。
最初は「あんな小さい字で値段を書きやがって」と思ったけど、「美味しかったから、まあいいや」と。
こんな感じで、なんでも「まあ、いいや」って思っちゃうので、失敗とか間違いとか思わないし、切り替えが早いですね。
――では、中野さんご自身がものを売るとき、一番重視している判断基準は何ですか。
中野 前もお話しましたけど、自己満足です。今までずっと、自分が満足できるかどうかだけで売るものを選んできました。値付けはそのあとで、自分が買いたいと思う、そして誇りを持てる値段で決めます。
僕が買いたい値段って、結構高いんですよ。なぜなら、いいものには適正な価格をつけないと、手間暇かけて作っている人たちがみんな滅びてしまいますから。
いいものというのは、僕が好きで価値があると思えるもの。ただ、僕と同じような人間がいっぱいいるとは限らないので、1万個売ろうと思ったことはないです。まあ100個売れればいいや、という感じですね。
だから、1万個売るなら1個1000円でもいいかもしれないけど、100個を売って創ってくださっている方々や関係している方々に豊かさを届けるためには、1個10万円で売らないとダメかもね、と。そういう考え方です。
――ビジネスの大半はマーケティングありきで、いろいろなデータから「このくらい売れるだろう」という予測を立てます。でも中野さんは、「蓄積されたデータで未来予測ができれば、AIが社長に適任ということになる」と著書で述べています。
中野 僕は俗に言われるようなマーケティングとか一切考えたことがないですね。その代わりに重視しているのは、やはり自分の感性を研ぎ澄ませて好きかどうかを見極めること。
そして、どんなに良いものでも作りすぎないことです。希少価値が高ければ値段が高くても売れますが、大量に作りすぎると売れなくなりますから。
――中野さんのように自分の感性を信じて、好きなものだけ売って仕事できる人生はいかにも楽しそうです。独立しようと思ったことはないんですか。
中野 独立しようと思ったことは一度もありません。ある程度のパワーを持った土台があるところからスタートした方がやりたい事を効果的にできると思うから。
まだ誰も気が付いていないような土地の魅力や、経営資源を見出して、活かしてあげたほうが、ダイナミックでユニークな取り組みができると思います。
僕は本当に仕事が好きなので、その時々にやりたい事をやりながら、結果雇われ経営者が一番自分らしくやれると感じています。死ぬまで働き続けたいですね。
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ACAO SPA & RESORT代表取締役会長・CEO
東方文化支援財団代表理事
寺田倉庫前代表取締役社長兼CEO
1944年生まれ。弘前高校、千葉商科大学卒業後、伊勢丹に入社。子会社のマミーナにて、社会人としてのスタートを切る。1973年、鈴屋に転社、海外事業にも深く携わる。1991年、退社後すぐに台湾に渡る。台湾では、力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問及び亜東百貨COOを歴任。2010年、寺田倉庫に入社、2011年、代表取締役社長兼CEOとなり、2013年から寺田倉庫が拠点とする天王洲アイルエリアをアートの力で独特の雰囲気、文化を感じる街に変身させた。2018年、日本の法人格としては初となるモンブラン国際文化賞の受賞を果たす。2015年12月、台湾の文化部国際政策諮問委員となる。2019年に寺田倉庫を退社。地域や国境を越えた信頼感の醸成をはかり、東方文化を極めたいという飛躍したビジョンを持つ東方文化支援財団を設立し、代表理事に就任。国内外のアーティスト支援を通して、地方再生やアジアの若手アーティストの支援などを行っている。2021年8月、ホテルニューアカオ(ACAO SPA & RESORT)代表取締役会長CEOに就任。
著書に『ぜんぶ、すてれば』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)がある。