「心が弱い」や「気のせい」に
するのは間違い

――今年5月にテニスの大坂なおみ選手が自身のうつ病を告白した際、「メンタルが弱い」「アスリートも(弱さがある)人間」「わがままだから」など、病気の原因を心の弱さや性格に結び付けた論調が世間にあふれかえりました。先生は、「うつ病は心の弱さが原因ではない」と明言する本も出しています。その本で一番語りたかったことはなんですか。

うつ病に12倍かかりやすくなる「ウイルスと遺伝子」の正体、最新研究で解明東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授の近藤一博医師

 医学者・生物学者としては、病気の原因を「気のせい」にしてしまうのはピンと来ないことでした。だいぶ偏見が少なくなったとはいえ、うつ病は精神疾患だという重みがありますよね。家族や友人、そして自分が精神疾患にかかったとは思いたくないものです。

 その結果、「病は気から、根性が足りない」とか「ストレスがたまっているだけだから気分転換しよう」となる。相手のことを思っての言葉だとしても、結果的には患者さんを苦しめてしまう。気のせい、すなわち「自分の責任」ということに行き着いてしまうからです。

 私は、そうではなく、うつ病は「脳の病気」。患者さんのせいで起きるのではなく、まして気持ちの持ちようを変える程度で治るようなものでもない「ちゃんとした病気なんだよ」ということを、著したいと思いました。

 うつ病は「心の問題」だとする説は、うつ病の原因究明や治療開発を遅らせている最大の原因でもあるのです。

――では、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの異常が関係しているという「脳の病気説(セロトニン説)」はどうでしょう。

 セロトニン説は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が劇的に効いたことを根拠にブームになったもので、当初は「うつ病の原因はセロトニン不足による」と説明されていましたが間違いです。

 理由はいくつかありますが、一つはSSRIを抗うつ薬として投与し、セロトニンを補っても半分は治らないこと。もう一つは、うつ病患者の脳内物質を測った結果、セロトニンは減っていなかったことです。

――でも、SSRIは半数の患者には効くんですよね。どうしてですか。

 それには「ぐるぐる思考」と呼ばれる、うつ病患者に特有の「認知のゆがみ」ともいえる思考パターンが関係しています。

 SSRIには脳内のドーパミンなどの働きを活性化することで全体的に気分を上げる働きがあります。うつ病の人は、「こんなに頑張っているのに、まだ足りないのか。自分はなんてダメな人間なんだ」というネガティブ思考のループから抜け出せないといわれています。でも、SSRIで少し気分が明るくなると、正しい現実が認識できるようになり、「認知行動療法」のような心理療法も効くようになって、病気も改善に向かうと考えられています。