惨事が起こるたびにつけこむ
「ショック・ドクトリン」に注意

 ただし、危機のときに一気に社会実装を加速させようとする試みには注意が必要です。

 自然災害や政変、戦争の後は様々な変化が模索されます。新自由主義を唱えた経済学者のミルトン・フリードマンは「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」という言葉を残しています。確かにそのような事実はあるように思えますが、そうした状況で行われる数々の変化に対して、ジャーナリストのナオミ・クラインは「ショック・ドクトリン」という言葉で批判しました。日本語にすると、惨事便乗型資本主義、つまり惨事が起こるたびにそれにつけこんで、新自由主義者らによる市場原理主義が様々な領域に入り込んでくる状況に注意を促す言葉です(※6)。

 市場原理主義のみならず、こうした災害のタイミングで様々な変化を起こそうとする人たちはいます。「創造的復興」の掛け声を借りて、これを機に自分たちの利益や施策を通そうとする人たちです。

 たとえば2011年の東日本大震災のときには、東北メディカル・メガバンク機構が、混乱に乗じて補正予算を取り立ち上がったことが批判されています(※7)。1995年の阪神淡路大震災でも同様のことがありました。神戸市長は震災後の会見で、被災からの復興策として、前々から進めようとしていた神戸空港の建設案について触れ、震災復興計画にも神戸空港の計画を盛り込みました。

 それぞれの施策に対する評価は本書では扱いませんが、これらの取り組みに対して住民から反発や不満の声が多く出ていたことには注目するべきだと考えています。決して、創造的復興の考え自体について批判が多かったというわけではありません。単なる復旧ではなく、新しい形での復興を目指していくことについて疑義を呈する人は少数でしょう。

 ただ、その復興のための手法として、東北メディカル・メガバンク機構や神戸空港といった事業が、創造的復興のゴールやインパクトに対して、どのような位置づけで行われるのかが不透明だったことが、住民からの不満につながったのではないかと考えます。こうした説明を抜きに大きな社会実装を進めてしまうことで、「その裏に利権があるのではないか」「市民のことを考えていないのではないか」といったような疑念を持ってしまうのは、人として当然の心の動きではないでしょうか。

コロナ禍のあとの復興のフェーズに向けて
テクノロジーの社会実装の方法論を広く共有する

 今振り返ってみれば、かつての危機において、うまくテクノロジーの社会実装が進まなかったのは、時の指導者層や経営者層が新しい社会像というインパクトとその道筋をうまく提示できず、多くの人たちがそうした新たな社会をうまく希求できなかったからではないかと思えてきます。

 たとえば、創造的復興のインパクトを定め、ロジックモデルを作ったうえで、東北メディカル・メガバンク機構や神戸空港がそのインパクトの達成のためにどのような位置づけにあるかを示すことができていれば、それらの施策の立ち位置もより明確になったはずです。もしくは、最終的なインパクトを目指す手段として、他の手段もあるという建設的な提案が、市民や関係者から出てきたかもしれません。センスメイキングの方法を知っていれば、理想を掲げたときに多くの人からの賛同を得られ、よりインパクトに近づけたかもしれません。

 私たちには過去と同じ轍を踏むことがないよう、社会を変えるための方法論や、社会と対話する方法論が必要です。

 コロナ禍のあとには必ず復興のフェーズがあります。だからこそ、コロナ禍の最中にあるこのタイミングで、テクノロジーの社会実装を促進するための方法論をまとめて、それを広く共有する意義は大きいのではないかと考えています。

※1 「新型コロナでコールセンターが悲鳴、AI への置き換えも加速」MIT Technology Review、2020年5月18日
https://www.technologyreview.jp/s/205054/the-pandemic-is-emptying-call-centers-ai-chatbots-are-swooping-in/
※2 総務省「令和元年通信利用動向調査の結果」、2020年5月29日https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/200529_1.pdf
※3「 新型コロナでオンライン診療急増、保険適用加速化(中国)」ニッセイ基礎研究所、2020年3月19日
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64031?pno=2&site=nli
※4「COVID-19で期待される、世界のデジタルヘルスの取り組み(3)オンライン診療スタートアップ」Coral Capital、2020年6月22日
https://coralcap.co/2020/06/digital-health-frontline-3/
※5 Michele W. Berger, Julie Sloane, Tipping point for large-scale social change? just 25 percentP, enn Today, June 7, 2018
https://penntoday.upenn.edu/news/damon-centola-tipping-point-large-scale-social-change
※6 ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン〈上〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』『 ショック・ドクトリン〈下〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(幾島幸子、村上由見子訳、岩波書店 、2011)
※7 古川美穂『東北ショック・ドクトリン』(岩波書店 、2015)