日本を代表するマーケターで、大ヒット中の新刊『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』を上梓した、森岡毅さん(株式会社刀 代表取締役CEO)と、『世界標準の経営理論』などの著者で経営学者の入山章栄さん(早稲田大学ビジネススクール 教授)が、消費者理解の本質について語り合う対談シリーズ。この第6回では、森岡さんが人生における指折りの挫折を経験しつつも、開業まで導かれてきたというテーマパーク「ジャングリア沖縄(JUNGLIA OKINAWA)」にまつわる経験や思考の変遷を伺っていきます。(構成:書籍オンライン編集部)

入山章栄さん(以下、入山)なんといっても今話題なのが、森岡さん率いる刀が中心となって進めている沖縄のテーマパーク「ジャングリア沖縄」です。いよいよ7月25日にオープンを控えていて、私もぜひ行こうと思ってますが、これをつくるきっかけから伺えますか。
森岡毅さん(以下、森岡)テーマパーク「ジャングリア沖縄」の準備会社として2018年に立ち上げたジャパンエンターテイメント社で、テーマパークをつくるなら最適な土地はどこか、という調査をするところから始まりました。この会社の株主にはなるべく地元の方に入っていただきたいと思っていて、現在の筆頭株主は私ども刀ではありますが、すでに株主数の7割以上は沖縄の方です。
入山 地元・沖縄も大きく関わっておられるんですね。
森岡 というのも、一般に「ザル経済」と呼ばれるように、沖縄でビジネスがうまくいっても多くの場合は県外から資本が来ているので、成功の果実は沖縄に還元されないという現実があるんです。テーマパークをつくって誰が一番メリットを享受すべきかといえば、中長期的にはやっぱり地元であるべきだと思うんですね。地元で雇用を生んで経済を回すことも大切ですが、資本主義において株式の価値は甚大じゃないですか。
入山 それは本当にそうですね。素晴らしい発想だと思います。
森岡 これは、USJのときの経験もあって、強く思っているところです。あのとき成功した価値は全部、外資系企業がもっていったんですね(注)。全部です。私自身も外資系企業に雇っていただいて投資もしてもらってハリー・ポッターも成功できたし、本当に感謝してます。でも、ビジネスがうまくいってべらぼうな価値になったときに、みんなハッピーだったんですけど、できれば株主資本の価値は日本に還元されたほうがいいし、次はぜひそうしようと痛感したんですよね。
入山 なるほどですね。一度はUSJとして沖縄に進出しようとしてうまくいかなくて、というのを報道で読んだのですが、でも結果としてはよかったわけですよね。
森岡 入山先生、私もね、いろいろ考えました。2015年にUSJの沖縄進出が白紙になったのは、USJが別の外資系企業に買収されて、それまで立てていた計画がすべて撤回されたためでした。これは、私にとって人生で指折りの挫折です。本当に多くの方を巻き込んでご迷惑をおかけして、その後の1年間に、普通の人生で謝る100倍ぐらい謝罪したと思います。それで済む問題ではもちろんないんですけど。

株式会社刀 代表取締役CEO
神戸大学経営学部卒業。96年、P&G入社。日本ヴィダルサスーンのブランドマネージャー、P&G世界本社で北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表などの要職を歴任。2010年にユー・エス・ジェイ入社。高等数学を用いた独自の戦略理論を構築した「森岡メソッド」を開発。窮地にあったUSJに導入しわずか数年で再建。その使命完了後の17年、株式会社 刀を設立。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に!」という大義を掲げ、成熟市場である外食産業や製麺パスタ関連業界、金融業界、観光業界など多岐にわたる業界・業種において抜群の実績を上げる。24年、イマーシブ・フォート東京をオープン。新テーマパーク「ジャングリア沖縄」の25年7月のオープンにも取り組む。
あのときは自分たちの不運を残念がって、なぜだったんだろうとずっと考えたんですね。今となっては、あのまま進めていてもおそらくうまくいかなかったんじゃないかと思います。理由は2つあって、1つはわかりやすくて新型コロナウイルス感染症のまん延です。当初は2020年に開業する予定でしたから。
入山 そうか、危なかった。
森岡 もう1つは、地元・沖縄に向き合えていなかったということです。われわれはそんなつもりはなかったし、前向きな気持ちでした。地元にとって良いことをするんだから受け入れてもらえるだろう、と考えていたんですね。よく地元の方から「説明がない」と批判されてましたが、外資系企業だから情報漏えいにも厳しくて、正式に調印するまでは話せなかったという事情もありました。
でも、その姿勢が今思えば「USJのテーマパークを沖縄につくる」となっていたのであって、本来は「沖縄のパークをつくるために、われわれが汗をかきます」という姿勢でないといけなかった。地元の皆様に愛されなければ、働き手も集まらないし、交通渋滞の解消策など一緒に取り組むべき多くの問題の解決もままならなかったでしょう。
入山 なるほど。たしかにそうですね。
森岡 結局、あのまま突っ込んでもうまくいかなかったはずです。私は確率論者ですからこれを言うと敗北感が漂うんですけど、沖縄には女神様がいて、なにか目に見えない大きな力が私たちを成功させるために、あえて地元との衝突を回避させてくれて、もっと良いプランをよく考えろと止めてくれたんじゃないかと。実際、より良いプランを再考して、コロナが終わったこの2025年7月25日にオープンさせていただけることになった。何か大きな力を影響を感じませんかと言われると、認めたくはないけれど否定できない。
入山 しかも反省が深い分、今回に懸けるモチベーションや工夫もすごくありますよね。
森岡 今回こそ沖縄の皆さんと一緒につくり上げてきたパークなんです。なので、この動画をご覧の皆さんは、ぜひジャングリアに来ていただいて、一緒に応援していただければと思います。よろしくお願いします。
入山 ジャングリアの消費者理解において大事にされている仮説は?
森岡 本能を揺さぶる興奮を満喫できるような「旅シズル」の理解です。沖縄の人口は146万人で、日本では人口が増えてきてる数少ない場所ですが、とはいえ沖縄ローカルの人口商圏にだけ依存はしません。移動時間3~4時間圏内のアジアに暮らす20億人をターゲットとして、「沖縄に行きたい」「南国リゾートを満喫したい」と思う旅行客の本能を誘おうと思ったわけです。
入山 アジアは成長途上ですしね。
森岡 ですよね。なので、ジャングリア沖縄の開業にあたっては、南国リゾート需要を持つ“狂人”に憑依したんです。結論として、私たちがつくらなきゃいけないパークは、富士急ハイランドさんのようなジェットコースターパークではなく、USJのような乗り物やイベントのパークでもない、とわかった。同じようなものをつくっても、沖縄に行く必要がないじゃないですか。「沖縄に観光に行こう」「南国リゾートに行きたい」と思った人の旅を最高にするためのパークをつくろうとして、この「旅シズル」の刺し方を徹底的に研究してます。