老いと病に対して
必要な二つの勇気

 グドール氏はフランス在住の家族と最後のだんらんを過ごした後、最も近い親戚とともにスイスに向かった。そして2018年5月10日、息を引き取ったという。

 今や、医学は長足の進歩を遂げ、人類史上かつてないほどさまざまな病魔から人の命を救えるようになった。とても素晴らしいことだ。だがその一方で、日本のような長寿社会では高齢者が、がんなどの重病とそれがもたらす耐えがたい痛みと闘わねばならないことが増えている。

 ガワンデ医師はこの「新しい終末期」において医師は病気と闘うことだけでなく、患者の意味のある人生、できうる限り豊かで満ち足りた人生についても思いをはせる必要があると説いている。私たちは豊かに生きることばかりを考えていて、「豊かに死ぬ」ために何が必要なのかをあまり真剣に考えてこなかったからだ。

「老いと病にあっては、少なくとも二種類の勇気が必要である」と同医師は言う。一つ目は、死すべき定めという現実に向かい合う勇気だ。この勇気は難しく、持てないのも当然だ。しかしもっと難しいのは二つ目の「得た真実にのっとって行動する勇気」だと言う。

 ガワンデ医師は、その勇気が持てないのは未来の不確実性のせいだと当初は考えていた。しかし、それが正しくないことに気づいた。

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「この先の予測が難しければ、何をすべきかを決めるのが難しくなる。しかし、いろいろ経験するうちに本当のハードルは不確実性よりももっと根本的なことだと気づいた。恐れか望みか、どちらが自分にとってもっとも大事なのかを決めなければならないのだ」

 人類史上かつてないほど長生きとなった私たち日本人は、終末期をどう生き、最後の時をどう迎えればいいのか、もっと議論すべきだろう。グドール氏の104歳の選択をどう考えるか。高齢の患者を死の直前までパイプにつなぎ、苦痛を強いる医療が本当に正しい医療なのか。

 私たち夫婦は、日本尊厳死協会の会員になることを選択した。その日が近づいたら延命措置を望まず、緩和ケアで自然の摂理にゆだねて寿命を迎えたいと思っている。

(国際ジャーナリスト・外交政策センター理事 蟹瀬誠一)