米国留学時に遭遇した
死の医師

 1980年代末、米国中西部ミシガン州のミシガン大学大学院にジャーナリズムフェローとして留学していた際、同じ大学卒で恐ろしい「Dr.Death(死の医師)」と呼ばれた人物に遭遇したことがある。ジャック・ケボーキアン医師だ。顔つきも話しぶりも、なんだか不気味な感じだったことを覚えている。

 彼は1989年に自作の自殺装置を開発し、末期病患者の自殺ほう助活動を始めると、96年には同州で「自殺クリニック」を開設して世界的に注目を浴びた。私が特派員を務めた米ニュース週刊誌「TIME」の表紙になったこともあった。それはそうだろう。殺人の罪で99年に有罪になるまでに、自らが主治医でもない患者130人をその装置で「安楽死」させたのだから。

 殺人罪で逮捕されたきっかけは、全国ネットのCBS放送の看板調査報道番組『60 Minutes』で、難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていた52歳の男性をケボーキアン氏自身が薬物注射で「安楽死」させる様子の一部始終を映したビデオを、公開したことだった。「安楽死」の必要性を世の中に訴えるための確信犯だった。

「私の究極の目的は安楽死をポジティブな体験にすることだ。医療専門家たちに彼らの責任を自覚させる。その責任には自殺ほう助が含まれている」と彼はニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューで語っている。

 放映直後は、彼の狙い通り「安楽死」に関する論議が一時的に盛んになった。だが、皮肉なことに、使われた手法があまりにも衝撃的であったため、逆に慎重論が広がった。それで良かったのだと思う。2008年6月3日、ケボーキアン氏は、腎臓疾患の治療で入院していたミシガン州の病院で死去した。83歳だった。