この記事の著者であるルーカス・ベル氏の、人格までも変えてしまった「マスタングGT」 LUCAS BELLこの記事の著者であるルーカス・ベル氏の、人格までも変えてしまった「マスタングGT」 LUCAS BELL

 そもそも私は、マスタングが似合うようなタイプの人間ではありません。もちろん、マスタングが似合う人間とやらに明確な定義などはありませんが、少なくとも「似合う」と言えないことは確かなはずです。そもそもクルマ探しをする際には、マスタングを真っ先に候補から外すほどの人間だったのです。

「妻がマスタングのスタイルに共感しない」というのが、これまでの最大の理由でしたが、私が「GMのスモールブロックV8エンジンを好んでいた」というのも理由の一つでした。ですが、テレビの画面にこの「マスタングGT」が現れた瞬間、私の苦手意識は突然どこかへ消え去ってしまったのです…。

 第一期ジョージ・W・ブッシュ大統領時代(編集注:2001年~2004年)の1台でしたが、走行距離はまだ4万4000マイル(7万km強)ほど。所有者はとある老兄弟で、新車で購入したとのことでした。走行時間そのものが短いであろうことは、例えばトランクにネズミが住み着いていたことを示す痕跡からも察することができました。

 その「マスタングGT」は、20代当時の私よりもまだピチピチとして元気そうに見えました。試乗したところ、4.6リッターのモジュラーV8エンジンは強力で、5速のTR360マニュアルギアボックスとの相性も上々でした。このクルマを大切に保管していた前オーナーに対する感謝を忘れるつもりはありませんが、私はとにかくこれを走らせたいと思ったのです。…それも思う存分に。

あの2バルブのエンジンに火が入ると、
私の中で何かが変容します…

 2021年11月に入手して以来、3000マイル(約4800km)を走破した「マスタングGT」ですが、ミシガン州の厳しい冬にもまったく動じる様子はありません。私はデトロイトの自宅を職場としているため、無駄に走らせなくても良く、悪天候にあえて車庫から出す必要もありません。

 とは言え、機会さえあればハンドルを握り、十分な時間を運転席で過ごしてきた私には、このクルマが私に何をもたらしたのかがよくわかります。これまで9台のクルマを乗り換えてきましたが、この「マスタングGT」は特に、私を悪人に仕立ててしまう…そんな誘惑に満ちているのです。

マスタングGTLUCAS BELL

 一度あの2バルブのエンジンに火が入ると、「パチン!」と私の中で何かが変容します。それまで乗っていたフォルクスワーゲンのように、心穏やかにのんびりと街を流すことなど、もはや無理な相談です。信号待ちで横にミニバンが並べば、「ふっ、子ども数人分の荷重がレースに及ぼす悪影響を思い知るがいい」などと考えてしまいます…。シフトチェンジのたびにタイヤが悲鳴を上げ、回転数の上昇に伴う咆哮(ほうこう)が轟(とどろ)きます。

 ドライブスルーでは他の客の注文の邪魔になるのも構わずに、常にアクセルをふかし続け、V8エンジンの音が壁に反射するのを聴きながら満足感に浸るのです。クルマに対して興味を示さない隣人でさえ、今やこの260馬力と302 lb-ftのトルクが唸るその音を聞き分けらることができるようになったに違いありません。