「哲学は人生や事物の根源や原理を、理性によって明らかにしようとする学問です。しかし、大学の哲学研究者が企業に対して良い哲学コンサルを提供できるとは限りません。むしろ、クライアントと同じ目線に立ってプロジェクト内部に入り、対話的なコミュニケーションを取れることの方が大事で、哲学コンサルの実践には対話が不可欠です」(吉田氏、以下同)

 かねて日本企業では、哲学的な対話文化が社内で脈々と受け継がれてきた。集団的な議論を重ねて物事の本質に深く迫るホンダのワイガヤ、社員の熱意を引き出す飲みニケーション術で知られる京セラのコンパなどは、よく知られている。吉田氏はこうした取り組みも、人々や社会にとって何がよいことなのかを突き詰めて考える意味で、哲学的アプローチに通じるという。

「哲学的な問いかけと対話を通じて得られることのひとつは、組織やプロジェクトチームの潜在的な偏見や、無意識の前提を明るみに出すこと。その背後に隠れている世界観を言語化したり拡張したりすることで、より望ましい選択肢を導き出すことが哲学コンサルティングに求められている役割だといえます」

SDGsの取り組みこそ
哲学が必要な理由

 企業は、クロス・フィロソフィーズに課題解決を求めて依頼をするわけだが、「解決方法を考える以前に課題設定そのものが適切ではないことがよくあります」と吉田氏は言う。

「例えば、経営陣は良かれと思っていた『働き方改革』の施策が、社員の思いとズレている場合があるかもしれません。最初の課題設定を見誤った状態で解決に向けて動きだしたとしても、本質的な課題の解決に至らないことも大いにあり得ることです。まずは、それぞれのステークホルダーの声に耳を傾け、本質的な課題を捉えるための哲学思考は、悲劇を避け、より望ましい未来を実現することに貢献できるものだといえます」

 これは社内の課題解決に限った話ではないだろう。企業活動は社会や人間が抱える何かしらの課題を解決するために行われていることがほとんどだ。仮に消費者Aの困り事を解決しようと思ったときに、世界のどこかで暮らす住民Bが不利益を被ることがあるかもしれない。そのときに企業は選択を迫られることになる。そこで物を言うのが、哲学的なアプローチだ。

「多様な存在者が、固有の価値を毀損(きそん)することなく共生する世界を実現するにはどうすればいいのか。理想を見誤らないために、人類が持つあらゆる知恵を統合してグランドデザインを描く必要があるでしょう。そのときに、事物の究極的原理を探求する形而上学から学べることは多くあります。特に地球規模の社会課題に直面する今日、企業経営には形而上学的な眺望を持つ哲学が必要とされていると考えています」

 SDGsは、まさに人類のグランドデザインを明確かつシンプルな目標として集約させたものだ。しかし、そもそもなぜ人類は存続すべきなのか、SDGsで抜け落ちていることは何か、といった根本的な問いを考えてみることで、より深い洞察を獲得できる。その思考の助けとなるのが、吉田氏が言う哲学、特に形而上学なのだ。