新型コロナ、
ウクライナ侵攻とマーケティング

 2020年から始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、社会も経済も大きな影響を受け、マーケティングの世界でもコロナ禍へどう対応していくかが話題になりました。しかし、もっと長い目で見ると、それ以上に脱マテリアリズムへ、所有からシェアリング・サブスクリプションへなどといった流れのほうが、より根本的な潮流と言えるでしょう。

 私たちは、こうした流れを「リキッド消費」という言葉で呼んでいます。デジタル化に伴って、私たちの価値観や意識は大きく変化しており、それが新しい消費行動となって表れているのです。マーケティング4.0や5.0の背景にある、こうした大きな潮流を見逃してはいけません。

早稲田大学商学学術院・恩藏直人教授早稲田大学商学学術院・恩藏直人教授(撮影/合田和弘)

 コロナウイルス感染症は、3つの密を制限しました。そうした中、大きく成長したものの一つにロボットがあります。店舗で用いられる掃除ロボットや配膳ロボットなどです。配膳ロボットが導入されると、人による料理の配膳作業が減り、人員を削減できます。しかし、新しい顧客価値が生まれました。ロボットに配膳を任せることで浮いた時間を用いて、担当者は顧客に対するきめ細かい配慮ができるようになったのです。まさに、拡張マーケティングが注目する人間とマシンとの共生です。

コトラーのマーケティング5.0 デジタル・テクノロジー時代の革新戦略『コトラーのマーケティング5.0 デジタル・テクノロジー時代の革新戦略』
フィリップ・コトラー/ヘルマワン・カルタジャヤ/イワン・セティアワン 著、恩藏直人 監訳者、藤井清美 訳者
定価2750円
(朝日新聞出版)

 2022年にはロシアがウクライナ侵攻を強行し、カントリーリスクの問題がクローズアップされました。日本がロシアへの制裁に参加したことで、ロシアに進出した企業は現地の資産を没収される可能性が高くなっています。サプライチェーンの寸断についても、新型コロナの世界的流行やロシアのウクライナ侵攻によって、まさに現実の問題として多くの企業が直面することになりました。そうした中、賢明な企業はアジャイルで予測に基づいた対応をしています。

 マーケティング3.0、マーケティング4.0、そしてマーケティング5.0を知る前の私たちであれば、近年のコロナウイルス感染症やウクライナ侵攻を単にビジネス課題としてのみ捉えていたかもしれません。しかし、人間中心でカスタマー・ジャーニーを意識し、テクノロジーの可能性を理解したマーケティングから見ると、もっと深い社会課題として考えることができそうです。マーケティングの進化は、過去を否定するのではなく、過去のステップに上乗せされていくのです。

(取材・文/久保田正志)

恩藏直人(おんぞう・なおと)
早稲田大学商学学術院教授。博士(商学)。1982年早稲田大学商学部卒業後、同大学大学院商学研究科を経て、96年より教授。専門はマーケティング戦略。著書には『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(共著、丸善出版)、『マーケティングに強くなる』(ちくま新書)、監修には『コトラーのマーケティング入門』(丸善出版)などがある。

AERA dot.より転載