佐藤 スタンフォードのデジタル・ネイティブ世代の学生が、NECやAGCといった日本の長寿企業の事例に関心を持っているのは意外な感じがします。どのような理由から興味を持つのだと思いますか。

オライリー スタンフォード大学の卒業生には著名な起業家がたくさんいることから、「スタンフォード大学の学生は皆、起業家志向だ」と思われがちですが、実際は多くの学生が大企業に就職しています。つまり、スタンフォードで学んだ起業家精神は大企業の中で生かされているのです。そのため、「両利きの経営」について学ぶ選択科目は、スタンフォード大学経営大学院の中で最も人気のある講座の一つになっています。

 実際のところ、「両利きの経営」は世界中の大企業にとってますます重要になってきています。特に、アメリカでは経営者が自らの報酬を最大化するために短期利益を追求し、場当たり的な戦略を実施した結果、失敗してしまう事例が後を絶ちません。

 ヒューレット・パッカード(HP)は、その典型的な事例でしょう。かつては革新的な企業の代名詞であった同社は、度重なるトップの交代と分社化で、今苦境に立たされています。HPの迷走の要因が、長期的な視点で両利きの経営を実践してこなかったことであることは明らかです。

 NECやAGCなど日本企業の事例は、HPのような歴史の長い大企業に就職する学生にとって直接、役立つものなのです。

「両利きの経営」を成功させるために
必要不可欠な五つの条件

佐藤 「両利きの経営」を実践しようとする日本企業の中には、「新規事業部門や新規ビジネスを立ち上げただけで終わってしまう」「経営者が人事にまで踏み込んで改革しなかったため、結局、新規事業部門が保守化してしまった」といった失敗事例も見受けられます。日本企業の経営者にどのようなアドバイスをしますか。

オライリー おっしゃる通り、「両利きの経営」は「言うはやすく行うは難し」で、頭では理解していても、正しく実践するのは難しいものです。なぜなら、経営者に相当な勇気と覚悟が必要だからです。

 しかしながら、決して実現不可能なものではありません。私が「両利きの経営」を実践している大企業の経営者に助言しているのは、次の5点です。

(1)「両利きの経営」を経営陣が一丸となって推進する

「一丸となって」というところが肝です。例えば、「この専務は新規ビジネス推進派だけれど、この専務は反対派だ」というような状況を社員が察すれば、どうなるでしょうか。「どちらかにつくと今後の自分のキャリアに影響が出るから、ここは黙って、何もしないでおこう」となるでしょう。

 いくら社長が「両利きをやる」といっても、自分の経営チームがまとまっていなければ、失敗してしまうのです。あなたが社長であれば、自分の経営チームは全員「両利き」賛成派にしなければなりません。

(2)二つの異なる企業文化を同時に管理する

 ここで重要なのは、新規事業部門の起業家的な文化と既存事業部門の伝統的な文化を別々に管理し、間違っても、新規事業部門に伝統的文化が侵食しないようにすることです。さらにはこの二つの部門は、それぞれ文化は違っても、同じ経営理念を共有しなければなりません。つまり一つの経営理念のもと、二つの異なる企業文化を同時に管理していくことが重要なのです。