テクノロジーは何かを制約し
同時に何かを可能にもする

 今日のテクノロジー全般の根本的な問題は、第一に、それが、「意識を散漫にさせる」大きな原因になっていること。第二に、「私たちの体内リズムをとても不自然なペースに変えてしまう」ことです。

 1日に600回のメッセージをやりとりするのは「不自然」です。情報を小出しにしながら、頻繁にやりとりしている。私たちの生態系システムは、これほどまでに頻繁に注意を求められるようには進化してきませんでした。そのため、こうした「不自然」なことが、世界中で精神的な不安やストレスを増幅し、メンタルヘルスやウェルビーイングが悪化する原因になっているのです。

 加えて、今、私たちのソーシャル・フィールドで、何かが起こり得る可能性に、多くの人が気づき始めています。

 友達と一緒にいてリラックスすることは、地面に座ってくつろぐのと同じように、基本的な社会的行為です。人間という種は、ほかの哺乳類と同じように、社会的な動物です。

 乳幼児は、言葉が話せるようになる前から、同じ環境にいる大人と交流していますよね。笑顔で小さな赤ちゃんを抱くと、すぐに赤ちゃんは大人のまねをし、ほほ笑みます。私たちもまたほほ笑み返します。これは「文化」ではなく、私たちが「社会的な種」であることから来る、「生物学的な反応」です。

 今、このような社会的な現実が、生きていくうえでどれだけ重要なのかを、ようやく私たちは気づき始めたのです。

 私たちの研究の根底には、①私、②私たち、③世界、3つのレベルのシステムがあります。
①私はどのような状態かを考える(マインド・ハート・ボディ・システム)
②私たち(自分の所属する組織)はどのような状態かを考える(人間関係や家族のような集団から成るソーシャル・システム)
③世界はどのような状態かを考える、①や②よりもより大きなシステム。

この3つです。

 とくに②に当たる、リレーショナル・フィールドやソーシャル・フィールドは、今日、より重要視されてきており、興味深い変化だと思います。

 今あるツールやメソッドの多くは、30年以上にわたって着実に進化しています。今では当たり前でも、5年前にはなかったものも少なくありません。そういう意味では、私たちの研究の歴史に鑑みれば、新しい道を切り開いているともいえます。

――ますますリレーショナル・フィールドが重要になっているのですね。ご指摘のようなデメリットがあるなかで、テクノロジーは、我々にとって役立つものになるのでしょうか?

 非常に難しい問いです。前述の通り、ITやICTといったテクノロジーの浸透は、私たちの日常生活、とりわけ、社会や個人のメンタルヘルスやウェルビーイングに、概して悪い影響を及ぼしていると思います。健康面からも、脳科学の視点からも、ネガティブな影響が多く報告されているのが現状です。

 とはいえ、すでに現実であり、なくなることもないでしょう。本当の問題は、「それは私たちの生活に役立っているのか?」ということです。誰もICT社会の完璧な全体像を描けていない。

センゲ氏

――プラスになることもあり得るのでしょうか?

 もちろんありますし、皆、そう願っています。

 私たちは生活の中で多くのテクノロジーを使います。テクノロジーは一方では何かを制約しますが、同時に何かを可能にもします。それこそがテクノロジーの本質であり、すべてのツールがそうなのです。たとえば、ペンというツールを使えば字を書くことができますが、字ばかり書いているうちに、絵を描くのが苦手になるということもあります。

 テクノロジーは何かを可能にすることができるか――? コロナ禍のこの2年間の特殊な経験は、この点で、非常に示唆に富んだものでした。

 コロナ禍前の約2年前から、教師から行政の幹部にいたるまで多様な教育者が参加する、300〜500人ほどの規模の教育のネットワークがあります。カリフォルニア、ブリティッシュコロンビア、北ヨーロッパのほか、東アジアからの参加者もいました。

 コロナ禍が始まってからは、会合はすべてバーチャル上となり、おもにZoomを利用しました。通常3日連続のワークショップを、4日間、半日ずつに分けて実施したりもしました。当初、誰もがうまくいくか半信半疑でしたが、結果的にとてもうまくいったんですね。

 もちろん、物理的に丸3日間、同じ場所に人が集まれば、もっといろいろなことが起こるかもしれませんし、より複雑なソーシャルスペースとなったでしょう。Zoomでは会議が終わればそれきりで、お茶を飲みながらおしゃべりしたり、外で食事をしたりすることはできません。

 ただ、コストは劇的に下がり、アクセスしやすくなったので、その教育ネットワークを拡大するには非常に有効であることがわかりました。デンマークにいる人、カナダにいる人、カリフォルニアにいる人、香港にいる人が、即座に深い会話ができ、お互いを知り、文脈が違えども、お互いの課題が根本的に同じであることを確認できた。その会話の深さに私たちは驚きました。入門編のワークショップにも、より多くの人が、低コストで参加できます。これは正直な話、衝撃でした。

 もちろんうまくできればの話です。勝手にうまくいくわけではありませんし、オンライン会議はあまり生産的でないという経験をした人ももちろんいるでしょう。テクノロジーによって可能になることと制約されることは、トレードオフの関係にあるのです。

 ただ、基本的なメソッドやツールの多くは、バーチャル空間でも適用できることがわかりました。これは確実なメリットですし、テクノロジーの大きな威力です。