テクノロジーを利用しているのではなく
テクノロジーに利用されている

 さて、あらためて「デジタル時代」は、私たちに何をもたらしたのかについて考えてみましょう。

 前回の、すぐにスマートフォンをいじりたくなる例に象徴されるように、私たちはデジタル化で、「リアルタイム取引」中毒になっています。

 決して自然な行為ではないのですが、それが組織全体へと波及していく。とても知的なはずの人たちが、集団の中では知的ではない行動を取り、恐ろしい決断をしてしまう。新たなテクノロジーが登場し、新たなデジタル時代が始まると、ものごとのサイクルが変化していく。

 コンピューターの登場時はこんなふうではありませんでした。コンピューターは、まだすべての人の生活の一部ではなかったからです。しかし、情報技術が発達し、あらゆる情報が手元のデバイスに集約されるようになったことで、時代は変わりました。

 テクノロジーは、本質的に良いものでも悪いものでもなく、「それをどう使うか」が問題なのです。しかし今現在、テクノロジーは、利用するものではなく、むしろ、私たちがテクノロジーに利用されていると言えるかもしれません。

 人類は少なくとも、数十万年前から進化してきたと言われています。私たちは数十万年前から「人間」です。遅かれ早かれ、進化し、バランスを取り戻そうとするでしょう。

センゲ氏

 だからこそ、人々が目覚め始めていると信じたい。世界に広がった新型コロナウイルス、身体やメンタルの健康の悪化などは、そのような「目覚め」の一環なのかもしれません。コロナ禍によるメンタルヘルスやウェルビーイングの悪化などは一過性のもので、本当はその前からずっと長い間、進行していたことなのです。

 加えて、生態学的なバランスも考慮しなければなりません。社会と環境は、常に結びついています。私たちが種として依存している自然との関わり方、水や土や空気に対する責任、そして、人と人とが互いにどう関わっていくか。

 ネイティブアメリカンの言い伝えに、「人の最初の関係は、母なる大地とである」という言葉があります。母なる大地との関係が弱ければ、ほかの人たちとの関係も弱くなる。大地と人、この2つは非常に密接な関係にあるのです。