距離を置き始めたアジアと西洋、ピーター・センゲ氏が今を「崩壊の時代」と語る理由Photo Courtesy of Peter Michael Senge

パンデミックによって、日本のデジタル化の遅れが露呈しました。さらに、多くの組織でDXの推進が取り沙汰されながらもなかなか進んでいないというのが現状です。そのような状況下、組織が進化するためには今、何が必要か? 世界で200万部を超えるベストセラーであり、企業、学校、コミュニティなど、数多くの組織のリーダーや組織変革の担当者に今も読まれ続けている名著『学習する組織』の著者、ピーター・センゲ氏へのインタビューを全6回でお届けします。第5回は、ビジネスと教育の密接な関係性、社会を再構築するための最大のカギ、中国で習近平氏が支持を集めている理由などについて、話を聞いた。(聞き手/福谷彰鴻、翻訳・構成・文/奥田由意、長谷川幸光、宮外真理子、協力/中川生馬)

※本記事は、2022年6月8日に開催されたオンラインイベント「テクノロジーの進化と学習する組織」の内容を基に再編集したものです。

>>前回の続き

「自分とはこういうものだ」という思い込み
を変容させることが上司や教師の仕事

距離を置き始めたアジアと西洋、ピーター・センゲ氏が今を「崩壊の時代」と語る理由Peter Michael Senge(ピーター・センゲ)
『学習する組織』著者/MIT経営大学院上級講師/SoL(組織学習協会)創設者。MIT(マサチューセッツ工科大学)スローンビジネススクールの博士課程を修了、同校教授を経て現職。旧来の階層的なマネジメント・パラダイムの限界を指摘し、自律的で柔軟に変化し続ける「学習する組織」の理論を提唱。20世紀のビジネス観にもっとも大きな影響を与えた1人と評される。その活動は理論構築のみにとどまらず、ビジネス・教育・医療・政府の世界中のリーダーたちとさまざまな分野で協働し、学習コミュニティづくりを通じて組織・社会の課題解決に取り組んでいる。著書に『学習する組織』『学習する学校』(ともに英治出版)、共著に『21世紀の教育』(ダイヤモンド社)など。
Photo Courtesy of Peter Michael Senge

――前回のお話で、「優れた教師は、学ぶ人をよく見ているし、誰もが学べるような環境をつくっている」といったお話をされました。こうした傾向は、優れた経営者やトップマネジメントにも当てはまるのでしょうか。

ピーター・センゲ(以下、略) もちろんです。人類は今、大変な時代を生きています。私たちはまさに「崩壊の時代」を生きているのです。

 西洋による文化的な支配は、多くの点で、この数世紀の困難を象徴してきたといえます。

 資本主義、物質主義、大量消費主義など、それぞれのコミュニティ内で暮らしていた人々が、外の世界に意識を向けたことで、人間の内面への意識が失われてしまった。外界への関心は、西洋の科学が急速に発展したことと大いに関係があるでしょう。

 中国には、「Jiao Hua」(教化)という、古代から伝わる教育の基本理念があります。ヨーロッパ諸国が中国を植民地化し、中国の伝統的な文化の多くが失われたせいで、19世紀半ば以降はこの言葉は廃れてしまい、今ではあまり使われていません。多くの中国人は、この言葉の意味がわからなくなっているでしょう。

 英語に訳すと、「Teaching so as to transform.」(変容を促すよう教え導く)でしょうか。上司と部下や、教師と生徒が、良好な関係にあるとき、上司や教師の役割は「Jiao Hua」です。部下や生徒を「変容」させるために教え導く。

 何を「変容」させるのか? これには「因果応報」という中国の古い考え方が元にあり、英語で表現するなら「prenatal seed」(生まれる前から持っている種)、生まれる前から自分のもっとも奥底の部分で引き継いできた「因縁」です。西洋にも似た考えがあります。自分の深いところにある「自分とはこういうものである」という思い込みです。

「教化」は、この「因縁」を変容させるために、働きかけるということです。

――Enlightenment(悟り)の妨げになるものを変容させる、ということですね。

 そうです。人が「賢人」にいたるための障害となる、もっとも深い因縁を変容させることです。

「教化」という考え方が出てくるのは、「誰もが賢人である社会」を理想としているからです。職場であれ、学校であれ、教える側の仕事は、部下や生徒が成長し、その人の良さを最大限に発揮できるよう、手助けすることです。

 これは中国の伝統的な考え方ですが、こうした中国の儒教の教えは、一種の哲学ともいえます。周辺地域の伝統的思想と親和性が高かったため、日本や韓国をはじめとする東アジアへと広く広まりました。

 教師であれビジネスパーソンであれ、人の上に立つものは、権威を持ち、尊敬を集める立場にある。だからこそ、他者の成長を助けなければならない。アジアの伝統的な文化において、「敬意」はとても重んじられています。

 しかしそのような考えは、近代化の中で失われつつある。

 以前、ある中国の先生に師事したことがあります。ナン先生というのですが、彼によれば、元(モンゴル人による中国の征服王朝)の時代に、内面的な資質が大きく劣化し、そのせいで中国は他国に蹂躙(じゅうりん)された。結果、この500年の間に、伝統的な儒教や道教の知恵など多くのものが毀損されてしまったと言うのです。