「日本企業の保有現金100円の価値は50円」
の定性的証拠

 コーポレートガバナンス・ディスカウントの定性的証拠を訴求すべく、筆者が行ってきた投資家サーベイ(柳 2022)を紹介する。

 上記のように、一定数の日本企業で保有現金が時価総額よりも大きいことを踏まえて、世界の投資家に「一般論で日本企業の保有する現金・有価証券の水準をどう思いますか?」を聞いてみた。その結果を図表1に掲載する。

(設問)一般論で日本企業の保有する現金・有価証券の水準をどう思いますか?

A.過剰に現金・有価証券を保有している(多くの場合、過剰資本)
B.必要以上に現金・有価証券を保有している(やや過剰資本)
C.必要な、あるいは適切な範囲内の現金・有価証券を保有している(最適資本構成)
D.やや過小な水準の現金・有価証券しか保有していない(やや過小資本に陥っている)
E.過小な水準の現金・有価証券しか保有していない(過小資本)

 全体としてはCOVID-19への配慮もあり、この数年で投資家の見方は若干緩和されたものの、キャッシュリッチな日本企業には説明責任があるだろう。

 ちなみに2022年調査では全体の内訳として、外国人投資家の見方は依然として厳しく、49%の外国人投資家が「過剰資本」を指摘している。

 次に、コーポレートガバナンス・ディスカウントを端的に示してもらえるように、世界の投資家に、「バリュエーション(VALUATION、PBR)から勘案して帳尻を合わせると、現在の日本企業の保有する現金・有価証券100円をいくらぐらいで価値評価すると適切だと思いますか?」と尋ねてみた。その結果を、図表2で紹介する(回答の平均値を金額表示している)。

(設問)バリュエーション(PBR)から勘案して帳尻を合わせると、現在の日本企業の保有する現金・有価証券100円をいくらぐらいで価値評価すると適切だと思いますか? 

A.現金・有価証券の金額が時価総額よりも大きい企業も多く、ガバナンスディスカウントや価値破壊投資のリスクが著しいので、ゼロに近い評価(100円≒0円) 
B.日本企業の相当がPBR1倍割れであり、ガバナンスディスカウントや価値破壊投資のリスクを勘案して一定のディスカウント (50%以上):(100円≒25円)
C.日本企業の相当がPBR1倍割れであり、ガバナンスディスカウントや価値破壊投資のリスクを勘案して一定のディスカウント (50%前後):(100円≒50円)
D.日本企業の相当がPBR1倍割れであり、ガバナンスディスカウントや価値破壊投資のリスクを勘案して一定のディスカウント (50%以下):(100円≒75円)
E.監査法人が担保する有価証券報告書の貸借対照表の現金・有価証券の価値は絶対的なので、等価で見る:(100円=100円)
F.現金・有価証券は正のNPVを生む価値創造投資に使われる(あるいは自社株買い増配になる)ので、プレミアム評価:(100円≒125円~)

 2022年の調査では、外国人投資家は、PBRから勘案して、日本企業の保有する現金100円を平均では約52円で評価している。大まかに言って外国人投資家は、日本企業の現金100円を50円に評価している。

 これが、保有現金額の方が時価総額よりも大きい企業が多数存在する背景になっている。やはり、ESGのGが時価総額(企業価値)に影響を及ぼしているのだ。

 そして、コーポレートガバナンス・ディスカウントのさらに具体的な定性的証拠として、柳(2021)で示した投資家アンケートから、日本企業の現金保有に関する世界の投資家の生の声を抜粋して、下記に紹介する※2

・エージェンシーコストを理由にしたディスカウント評価という考え方を、当社は強く支持する。日本企業の場合、作為的に過剰現金等を保有しているというよりは、ファイナンス理論に関するリテラシーが低いために、不作為にそうなっている場合も散見されるようだ。株主還元の積極化がふさわしい企業に対しては、「資本効率の改善」と「エージェンシーコストの低減」に加えて、「金は天下の回り物」というキーワードも日本的にはピンとくるのではないだろうか。

・一般に、キャッシュリッチで低ROE企業のバリュエーションがディスカウントされがちなのは、現金評価がディスカウントされているからである。「どうせこの企業は無駄な投資や買収に金を使うのだろう」と感じた企業は少なくない。このような企業は、定性評価の観点から投資判断にマイナス効果が発生しているが、現金評価をディスカウントしていることと等しい。さらに背景にあるのは、ガバナンスの問題に他ならない。

・日本企業の保有する現金の評価は50%と考えるが、50%での評価というのは極めてざっくりとしたものである。大半の企業では保有現金を全て株主に返すということはあり得ず、またROIC(投下資本利益率)を維持向上させるような投資・M&Aに使うということも考えにくいため、100%評価はできない、一方で、全くゼロ評価ということもないというあたりから(50%評価が)出てきたものだ。経験的にも、いわゆるキャッシュリッチ企業の株価を見ていると、保有現金を半分程度で評価すると、バリュエーションの水準が適度な範囲に落ち着くことが多いように思われる。

※2 各ファンドの責任者からのコメント。外国人投資家の意見は投資家の匿名を条件とする引用許諾と筆者の責任においてできるだけ原文に忠実に和訳している。