合理的配慮と就労後のキャリアプランの存在が大切

「ロクイチ報告」と呼ばれる、厚生労働省の「障害者雇用状況」には、民間企業や公的機関などに雇用されている障害者の数・実雇用率・法定雇用率達成企業の割合のほか、産業や企業規模別の数字なども記され、さまざまな角度から障害者雇用の現状を知ることができる。

 特に、企業経営者や人事部の障害者雇用担当者は、この「ロクイチ報告」のどこを注視すればよいのだろうか。

清澤 過去何年かの推移とともに“障害種別”に注目していただきたいです。 “三障害”である、身体・知的・精神の“精神障害”のなかには発達障害も含まれています*5 。そして、近年では、その“精神障害”に該当する雇用者の人数が伸びているのです。企業が障害のある方を新たに雇用するにあたり、身体障害・知的障害のある方の雇用が人数的に難しくなってきている一方、発達障害を含めた精神障害のある方の雇用が増えているわけです。「最近は、発達障害をはじめ、精神障害のある人が増えている?」と思う人もいるでしょう。精神障害の多くは中途障害なので、増えていく可能性はゼロではないです。しかし、それよりも、伸び率が高い理由として、障害者雇用促進法の雇用対象が、かつては身体障害者と知的障害者だけで、精神障害者が対象外だったこともあげられます。つまり、精神障害のある方の雇用の動きはまだ緩やかな段階で、雇用できる方が多くいらっしゃるわけです。身体障害か知的障害のある方が退職した場合、新たに身体障害か知的障害のある方を雇用することが人数的に難しく、精神障害のある方を対象に雇用を考えていく必要性が高まっています。

*5 知的障害の方のなかにも発達障害の方が含まれることがある。

 20歳以上の精神障害者数は約400万人*6 で、一口に“精神障害”といっても、さまざまな症状がある。精神・発達障害者の就労支援を専門とする清澤さんは次のように語る。

*6 厚生労働省「令和3年版 厚生労働白書」より。

清澤 精神障害のうち、いちばん多いのは統合失調症*7 です。統合失調症の方は就労するのが難しいと考えられていたのですが、医療の進歩で薬やリハビリテーションの質が変わってきたことなどによって、働くことのできる方が増えています。また、以前は、入院が必要だった方が外来での治療で大丈夫になったり、入院が短期化してきたことでADL*8 が保たれている方も多いです。

 発達障害*9 の方も多いですね。昨今、「発達障害」という言葉をよく耳にするようになって、「大人の発達障害が増えている」といった情報もインターネットで見受けられます。発達障害はグレーゾーンな症状も多いです。学生時代に勉強ができて、友達とコミュニケーションが取れていたのに、社会に出てから発達障害の傾向が見られる方もいます。学校での勉強には明確な答えがあり、学生時代の人間関係は同年代が多く、自分でコミュニティを選ぶことができます。そうした環境下では、自分自身で発達障害の傾向にあまり気づきません。しかし、会社では、仕事の明確な答えがなく、自分のペースが優先されず、人間関係も選べません。マルチタスクをこなせなかったり、コミュニケーションが苦手なことに気づいてストレスが溜まったりして、メンタル不調で訪れた医療機関で、“発達障害の傾向がある”と初めて知る方も増えてきているように感じます。

*7 統合失調症は、こころや考えがまとまりづらくなってしまう病気です。そのため気分や行動、人間関係などに影響が出てきます。統合失調症には、健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状と、健康なときにあったものが失われる陰性症状があります。(厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」より)
*8 Activities of Daily Living=日常生活動作
*9 発達障害には、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)、チック症、吃音などが含まれます。同じ障害名でも特性の現れ方が違ったり、いくつかの発達障害を併せ持ったりすることもあります。(厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」より)

 厚生労働省・東京労働局が、「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」を開くなど*10 、精神障害者の働きやすい環境作りが企業に求められている。昨今の雇用人数の増加とともに、働きやすい環境作りが急がれているのだ。

*10 令和4年度(8~9月実施)「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」のご案内

清澤 障害のある方を“雇用して終わり”ではなく、仕事を長く続けていただくことが大切です。法定雇用率*11 の数字達成が最優先となってしまい、“定着”が思うようにいかない場合もあるでしょう。たとえば、精神障害のある方が仕事を続けていき、症状が安定し、スキルが向上しているのに、同じ作業をずっと任せていくと、本人のモチベーションが下がって離職してしまうケースもあります。“定着”のポイントは、職場における合理的配慮と就労後のキャリアプランの存在。雇用側には、この二点をきちんと意識したうえでの労務管理や制度設計が求められます。なお、合理的配慮は勤務を継続していくなかで変化していくことを意識してください。つまり、本人の自社での成長を考えるならば、勤務開始当初の合理的配慮をずっと続けていくのではなく、本人の成長に合わせて合理的配慮も変えていく必要があるのです。

*11 障害者雇用率は、「身体障害者、知的障害者及び精神障害者である常用労働者の数+失業している身体障害者、知的障害者及び精神障害者の数」を、「常用労働者数+失業者数」で割ったもの。