「ブランドに資するデザイン」と「イノベーションに資するデザイン」

「デザイン経営」の最も重要な視点は、「ブランドに資するデザイン≒d」と「イノベーションに資するデザイン≒D」である。「ブランド」の対象は、商品の造形的デザイン(d)が最も強いメッセージとなり、中心的な価値を形成する。ただし、その背景としての物語など無形の価値(D)も無視はできない。

  一方、「イノベーション」では、何よりもシクミ(仕組み)やシステムなどモノの造形を超えた価値(D)が対象となるが、最終的には製品(d)を通じた顧客との接点も形成される。「デザイン経営」においては、この二つの何を重視するかが企業姿勢を表し、その特性ともなる。

経営が進むべき方向を導き出すデザインの「d」と「D」デザイン経営の役割
※特許庁HP:産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』に基づく
拡大画像表示

「デザイン経営」では、「デザインは企業が大切にしている価値を実現しようとする営み」と位置付けているが、自らの特性を考えた上で、どこに力点を置くかによってそれが明確となる。それは、必ずしも「ブランド」と「イノベーション」を等価に扱うということではなく、どちらか一方に重点を置くことも「デザイン経営」の姿なのである。

「デザイン経営」の実践に向けて

「デザイン経営」の姿は実に多様だ。「ブランド≒d」と「イノベーション≒D」の両面を等価に達成したかつてのホンダやソニー、そしてAppleなどの例もあるが、必ずしもその両者が等しくある必要はない。「ブランド」を重視した例としては、欧州車のように車の統一的スタイリングにこだわったMAZDAや、伝統の味を大切にしながら現代的な高質感にこだわった「とらや」などもそうである。一方、「イノベーション」に特化した例では、痛くない注射針でグッドデザイン大賞を受賞したナノパスや、配送サービスの革命を起こした宅急便も、共にユーザー視点での革新性を生み出した「デザイン経営」の姿だ。

「デザイン経営」は、何もこれから始まるスタートアップだけの話ではない。これまでの企業の姿の中にも、そのモデルはある。重要なことは、これから「デザイン経営」に踏み出そうとする企業にとって、こうした「ブランド」と「イノベーション」のバランスをどのように構築するかであり、そのためにはまず自らの強みを再認識するところから始めるべきだろう。

 繰り返すが、今後も「d」も「D」も、共に重要なのである。ともすると「D」への注目が集まりがちだが、むしろ「d」にもこだわった「モノづくり」こそ見直すべきかもしれない。今日の日本のデザインは「シクミの革新性:D」を重視するあまり「モノのカタチ:d」を軽視し、諸外国の製品に敗退する結果も生じている。ただそのとき、必ずしも経営者自らが造形センスを持たなくてはならないということではない。重要なことは、何が優れているのかを見極める「目」や「シクミ」を持つことだ。そのためにはCDO(チーフデザインオフィサー)を雇用することや、優れたプロジェクトチームを立ち上げることも必要だろう。

「ブランドづくり≒d」+「イノベーションづくり≒D」=デザイン経営
「ブランド」と「イノベーション」の力点をどこに置くかが企業姿勢

経営が進むべき方向を導き出すデザインの「d」と「D」KAZUO TANAKA
1956年生まれ 東京藝術大学大学院機器デザイン修了。GKデザイン機構代表取締役社長/CEO、(公社)日本インダストリアルデザイン協会特別顧問、(公財)日本デザイン振興会フェロー、世界デザイン機構(WDO)リージョナルアドバイザー。グッドデザイン賞、都市景観大賞、ドイツRed Dot Design賞 、Australia・International Design賞、などの国内外の審査員を歴任。グッドデザイン賞グランプリ総理大臣賞、SDA大賞他受賞多数。プロダクトから都市環境まで多様なデザインを手掛けている。2017年 経済産業省・特許庁 : 「産業競争力とデザインを考える研究会」委員、「『デザイン経営』宣言」策定コアメンバー。

地球規模の社会課題を解決するデザインの力

 今日、ビジネスシーンで用いられる「デザイン」という言葉は、従来の「姿かたち」という意味と、広い意味での「企画開発」という二つの意味が混在して使われている。経営者にとって必要なことは、デザインに対する認識の拡大である。社会は今、SDGsに代表される社会課題の解決と、コロナ禍によって劇的に推進されたデジタル革命の社会実装を求めている。そのいずれにおいても「デザインの創造性」が期待されている。

 明日を生きる企業の未来を生み出すために、デザインの持つ多様な可能性を認識し、創造的経営を実践していくことが必要だろう。デザインとは「創造的造形」であると同時に、「創造的手法」でもある。そして、デザインとは「創造的戦略」でもあるのだ。

公益財団法人日本インダストリアルデザイン協会(JIDA) https://www.jida.or.jp/
プロフェッショナルなインダストリアルデザインに関する唯一の全国組織。「調査・研究」「セミナー」「体験活動」「資格付与」「ミュージアム」「交流」という6つの事業を通して、プロフェッショナルな能力の向上とインダストリアルデザインの深化充実に貢献しています。