認知症専門医の診断は、認知症で最も厄介なピック病

 この相談を受けてまず心配したのは、父親のことよりもAさんの精神状態だった。自覚なしにトラブルを連発する父親に振り回されて仕事どころではない上に、最愛の妻が性的乱暴までされたのだからたまったものではない。施設からの退去勧告期日が迫る中、入院先もしくは転居先を確保できないのならば、妻は離婚も辞さないという構えである。

 緊急性を感じた私は、Aさんを励ましながら、「真っ先にあなたがすべきは、父親を入院させ、治療でBPSDを抑制することだ」と伝えた。同時に、精神病棟への入院となれば父親の社会復帰は困難になるというリスクについても話した。もしかすると、そのまま亡くなるまで病院のベッドの上で過ごすことになる可能性は低くないと伝えると、Aさんはうつむきうなだれて悲痛な様子であった。しばらく考えた後、意を決したように、「とてもつらく悲しいですが、根本から原因をつぶさない限り、私の家庭は崩壊してしまいます。元気なときの父は、自分のことでわが子がそうした状況に陥ることを決して望んだりはしなかったはず」と言葉を選びながら呟き、入院治療の覚悟を決めたのだった。

 早速、信頼のおける認知症専門医に話をつけ、当該ドクターからの紹介状を入手して認知症病棟を持つ病院で外来を受診、2週間後には入院先を確保して事なきを得た。

 Aさんのケースはとても痛ましい案件ではあるが、父子がオーナー企業のトップと役員という、ラッキーなレアケースと言っていい。普通に会社勤めをしている人であればこうはいかない。個人的なことで就業時間中に職場を離れたり、フレックス勤務だといってもそうそう自由に就業時間の融通を利かせたりすることはできないはずだ。上司や同僚に事情を話して理解を得るにもそれなりの時間と労力が必要だろう。ましてや、社用車を使って病院や施設に出向いたり、入院先を急いで確保し、高額な差額ベッド代も気にせずにすぐに長期入院を決断したりは、まずできないと思う。