企業の成長ともリンクしていく「キャリア自律」

 エンファクトリーは、会社として副業を推奨しているものの、副業はあくまでも、「生きる力を高める」ために仕事以外のプライベートの時間に行うものであるとし、特別な制度などは設けていないのだ。では、副業を行うことが、なぜ、「生きる力を高める」ことにつながるのだろうか。

加藤 昨今では、自分のキャリアを自分でつくっていく「キャリア自律」の重要性が言われるようになっています。これまでは、企業が敷いたレールの上を走っていればキャリアアップしていくことができ、個人の人生の、特に財務課題はほぼ全て解決できました。しかし、不確実で予測困難ないまの時代には、時々刻々と変化する環境に柔軟に適応しつつ、自らの人生を描き、どんな組織でどんな仕事をするのかを自ら選択し、キャリアを積み上げていく必要があります。いまの若い人たちには、もはや「就社」という意識はありません。自由度や選択肢が広がる分、自分はどう生きていきたいのか、自分のキャリアをどう選択するか、ということが問われるようになってきているのです。そのためには、会社での仕事に取り組むだけでなく、越境活動などを通じて、視野を広げたり、気づきを得たりして、トライ&エラーを重ねながら、自分で何かを探し、自分で決めていく経験を重ねていく必要があります。それは他でもない、自分の人生を進んでいくために必要なことなのです。

“複業”で人と組織を成長させる会社の“たった1つのルール”とは?

「キャリア自律」は、働く個人が自らのキャリアについて主体的に考え、自らのキャリア形成に継続的に取り組んでいくことを指す概念だ。新卒で入社し、定年まで勤めあげる日本型雇用モデルの維持が難しくなり、キャリア形成を会社任せにしない考え方が広がっている。キャリア自律を促すことは、働く個人にとって、人生の自由度や選択肢を広げ、社員の「生きる力を高める」ことにつながるものだが、企業側にメリットはあるのだろうか。

加藤 個人のキャリア自律は、企業の成長ともリンクさせることができます。人材が視野を広げたり、気づきを得たりすることは人材の価値を高めることにつながり、そのことは、中・長期的には企業にとってもプラスになってくるはずだからです。昨今、人的資本経営といったことが言われてきています。それはまさに、もともと潜在的にある人材の力を機会によって発揮させ、それを組織力につなげ、事業へ貢献することにより、イノベーションや価値創造につながるような経営に変えていく、ということに他なりません。

 副業が社員のキャリア自律を促し、そのことが企業にメリットをもたらすことは理解できた。しかし、一般的に、副業を推奨することは、社員が組織から離れてしまう「遠心力」につながるとも考えられている。多くの企業が副業解禁に二の足を踏んでいるのは、副業で「遠心力」が強まり、人材流出につながることを恐れているからだ。しかし、加藤さんは「副業は遠心力にもなるが、求心力にもなる」という。

加藤 もちろん、副業に力を入れすぎて本業が疎かになったり、副業先の仕事のほうが魅力的だからと転職されてしまったりなど、遠心力となってしまうリスクはあります。一方で、副業に挑戦し、キャリア自律を支援し、成長できる機会を提供してくれる会社だからこそ、この会社で働きたいと、求心力になるケースもあるのです。実は、優秀な人や成長意欲の高い人ほど副業にチャレンジしたい、と考えているものです。一般的に、副業を実践している人の割合が多い所得層は二極化しています。ひとつは非正規雇用の方を中心とした、収入が低いため、経済的な理由で本業の他にアルバイトやパートで働く、という所得層です。もうひとつは、そこそこ所得の高い層で、能力的にもそれなりに高く、時間的な融通をつくりやすく、新しいことにチャレンジしたいと考えているタイプの層です。後者のタイプの人の中には、本業を続けながら新しいことにチャレンジしたい……と考えている人がかなり多くいます。もちろん、副業のほうがはるかに魅力的なものになれば、辞めてしまう人は出てくるでしょうが、そもそも会社を辞めてまで、と考える人は多くはありません。重要なのは、そうした優秀な人に二者択一ではなく、パラレルな選択肢や機会を提供し、求心力と遠心力とのバランスをその会社独自にどう設計するかというところです。