「複業」がうまくいくための、たった1つのルール

 副業を解禁することで懸念されるのは、「情報漏洩するのではないか」といったリスクや、副業をしている社員とそうでない社員との間で、「あの人だけ副業をしていてずるい」といった不公平感や「サボっているのではないか?」といった不信感が起きたりすることだ。エンファクトリーには、こうした副業に伴うさまざまな懸念を全てクリアにする、たった1つのルールがあるという。

加藤 我々が唯一のルールにしているのは、「全てをオープンにする」ということです。「複業」には申請なども必要ありません。ただ、「オープンにする、共有する」という一点だけです。全てがオープンになっていれば、誰が、何をやっているかが分かるので、見えないことによる不信感や不公平感はなくなります。また、「チームメンバーから本業の手を抜いていると思われたくない。成果が出ないと忍びない」といった思いも出てくるため、「きちんとやる、成果を出す」というように、いい意味でけん制になるというところもあります。

“複業”で人と組織を成長させる会社の“たった1つのルール”とは?

 エンファクトリーでは、「複業」を社内で共有するための仕組みがある。それぞれの「複業」について発表する「en Terminal (以下、エンターミナル)」という社内ピッチのイベントだ。年2回ほど行われており、コロナ禍以降はオンラインイベントとなったものの、欠かさず行われているという。

加藤 エンターミナルでは、それぞれが自身の「複業」について、5分から15分程度話します。ポイントは、役員や人事向けに堅苦しい成果発表会を行うような類のものではなく、社員全員が集まり、お酒を飲みながら、ワイワイとパーティのようなゆるい形で行っているところです。理由は、共有する場のハードルをできるだけ下げて、素の自分、株式会社自分自身として話をしてもらうためです。等身大の共有が、周囲に興味を喚起し、それが組織全体にじわじわと波及し、複業などの自律的、主体的な動きにつながるわけです。組織全体のボトムアップや活力の向上を図るためには、中間層の6割の社員に影響力が及ぶ必要があります。一部のリーダー層や役員ではなく、一般社員に響くよう、参加し、共感しやすい場にしているのです。実際、エンターミナルで、自分の人生や自分の生き方を模索して、さまざまなチャレンジをしている身近な人の話を聞くほうが、キャリア自律を考える座学の研修などを行うよりも、よほど自分の人生を考えるようになる気がします。「複業って大変そうだけど、やってみようかな」「あの人がやっているのなら、私でもできるかな」と思ってもらえれば、取り組む人が増えてきます。

 実際、創業時は1、2名しかいなかった「複業」社員は、現在では全社員の半数を超えている。最近では、副業を解禁している企業は増えてきているものの*2 、行政の調査における副業者比率(有業者に占める副業がある者の割合)は4%程度*3 であり、エンファクトリーの複業者の割合は非常に高いことが分かる。単に制度上で副業を解禁したとしても、会社内の風土やカルチャーが変わらない限り、副業は広まらないだろう。エンファクトリーでここまで「複業」が広まったのはなぜか。

*2 一般社団法人 日本経済団体連合会の「2020年 労働時間等実態調査」では、副業・兼業を認めている企業は22%(n=487)。
*3 総務省統計局「平成29年 就業構造基本調査」より

加藤 「複業」が身近なものになっているからです。人は身近な人の影響を受けます。多くの人にとって、副業は「特別な人だけがするもの」「いつかはやってみたいもの」です。しかし、SNSやメディアに出てくるスゴイ人ではなく、身近な同僚が副業をやっていると、刺激を受けて、「自分もやってみようかな」と思い始めるものです。成功事例だけでなく、「こんなふうにやってみたら、失敗した」といった失敗事例を共有すると、さらにハードルが下がります。身近な人が次々動き出すと、雰囲気が変わり始め、チャレンジすることが当たり前になってきます。かといって、「複業」していない人が肩身の狭い思いをしているということはなく、みんなが「私はこういうのをやってみたいな」と具体的に思いながら聞いています。

 実際、「身近な人」の影響は絶大なものがある。株式会社リクルートの「兼業・副業に関する動向調査2021」によれば、兼業・副業を実施したきっかけでいちばん多かったのは、「すでに兼業・副業をしている人が身近にいた」であった。加藤さんは、エンターミナルは「複業」に対するハードルを下げるだけでなく、チームや組織に対しても良い影響をもたらしている、と指摘する。

加藤 エンターミナルで「複業」について共有する機会を持つことで、どんな人生観を持っている人なのか、どんな考え方を持っている人なのか、何をやりたいと思っているのか、など、その人自身のことについて深く知ることができます。それぞれが人生で何を大切に思い、どんな「複業」をしようとしているのかを知ると、応援したくなりますし、お互いの関係性が深まり、エンゲージメントが高まることでチーム活動が円滑に進むようになります。また、お互いの複業や事業の内容、得意分野や興味の方向性が分かるので「その事業をやりたいのなら、私の知り合いを紹介しますよ」「あの分野についてはあの人が詳しいはずだから聞いてみよう」「今度一緒にこんなイベントをやりませんか」などと、社員同士で新しい仕事、新しい事業を生み出すきっかけやイノベーションの種にもなります。いわゆるトランザクティブメモリーが組織内で共有されるわけです。実際、弊社ではそうしたことがあちらこちらで起きており、本業の成果にもつながっています。さらに、自主的な勉強会が頻繁に開かれるなど、「複業」を推進することで、会社全体に「自律的に動く」ということが波及しているのを実感しています。