「創る」ばかりではないCreative Hubの機能とは

デザインの「繋ぐ力」でソニーの未来を可視化する、クリエイティブセンターの挑戦〈後編〉

 時間軸が明確になったことで「徹底的にリアルを追求する」というプロジェクトの方向性も確立した。奇抜なショーモデルを製作することも可能だが、それでは、進化の本流に影響を与えられない傍流に堕してしまう。業界外からのチャレンジだからこそ、提案は本質的かつ献身的でなくてはならない。こうして、公道走行を想定し、高い安全基準をクリアする車両開発が動き始めたのだ。

 すぐに専門分野の異なるデザイナー十数人が参加するプロジェクトが発足。さまざまなアイデアをビジュアルとして場に出し、都度トップマネジメントと協議し、絞り込み、精度を高める作業を重ねていった。こうして、輪郭が曖昧だった「問い」は、リアリティのあるビジョンへ結像していったのだ。

 デザイン部門が立てたビジョンにリアリティが宿るのか、という疑問もあろう。しかし、「Creative Hub」を標榜(ひょうぼう)するソニーのクリエイティブセンターは、プロダクトデザイン、サービスデザイン、ブランディングなど、多様な役割で各事業部のビジネスに貢献してきたデザイナーが集結する組織であり、まさにグループの多様性のHubである。また、事業領域を越境するデザイナー主導でビジョンを描くからこそ、ビジネス面の前提や制約に縛られず、徹底したユーザー目線でストーリー化できるという利点もある。

 何より、デザイナーには、さまざまな要素を繋ぎ込んで一つの絵として提示できる「ビジュアル化」の力がある。本プロジェクトにおいて、限られた時間の中で、抽象論に迷い込むことなく力強く方向性を定めることができたのも、初期からしっかり具体的なビジュアルを提示してきた故だ。ごく初期に「OVAL(楕円)」というデザインコンセプトがもたらされたのも、そこから議論が発展し、形状、機能、体験の全てを貫く「人を包み込む」というコンセプトへ昇華し得たのも、常に豊饒(ほうじょう)なビジュアルによって現在地を確認・共有できたからに他ならない。

 モビリティという新領域への挑戦とあって、多くの企業との協業も試みた。とりわけ自動車の受託開発に実績のあるマグナ・シュタイヤーとは幅広く意見を取り交わし、経験を借り受けたが、こうしたソニー外部との繋がり構築のHubになるのもデザインだ。同社との信頼醸成に当たっては、プロジェクトの初期に、私たちが考える未来のモビリティ像を可視化した「ビジョンブック」を提示したことも大いに役立っている。文化や言語を異にしていても、ビジネス言語だけでは到底及ばない深さで、コンセプトを一瞬で共有できるのがビジュアルの力なのだ。

 こうして技術と英知を繋ぎ、隅々までリアルで、かつ提案性に満ちたプロトタイプの完成に至る。もちろんインキュベーションの観点でいえば、これは初動にすぎない。センサーからエンターテインメント、素材開発まで、ソニーグループの技術を集約した本プロトタイプの延長線上には、AIロボティクス技術の活用や、クラウド連携による新規事業の創出も想像し得る。次に述べるHondaとの協業もこの「VISION-S」から進展した取り組みだ。