サステナビリティと事業性を繋ぐストーリー作り

デザインの「繋ぐ力」でソニーの未来を可視化する、クリエイティブセンターの挑戦〈後編〉Daisuke Ishii
1992年ソニー入社。ハンディカム、ウォークマン® 、AIBOなどのプロダクトデザインを担当。2度の英国赴任を経て、AIロボティクス、モビリティ、ドローンなどの新規領域や、R&D、コーポレートブランディング等幅広い領域のID/UIUX/CDを含む統合的なクリエイティブディレクションを担う。2021年よりセンター長に就任。
2016/2021 iF Award 審査員(ドイツ)、2019/2022 DFA Award審査員(香港)、2022-2023 ミラノ工科大学客員教授。

 本件の経緯からも分かるように、インキュベーション活動においてもビジョニングは非常に重要だ。作業の核は、組織、特にトップマネジメントの思いの解釈と翻訳である。データからではなく、人の思いからコンセプトを構築する作業と言い換えてもいい。

 トップマネジメントから放たれる生の言葉は、そのままでは有無を言わせぬ「命令」として響いたり、現場と乖離した「理想論」として浮遊してしまい、ビジョンとして実効性を持ちにくいことがある。私たちは、これをストーリーに昇華し、洗練させることで、より幅広く発信し、多様なステークホルダーをその中に繋ぎ込むことができると考えた。実はそれがデザインの果たす大きな役割なのだ。

 一例として、今や企業ブランディングの最重要テーマの一つとなっている「環境活動」のリデザインにも触れておきたい。

 「地球の中のソニー」、これは現会長 兼 社長 CEOの吉田憲一郎が、就任して早々に発したメッセージである。ソニーの環境にまつわる取り組みには元来、地球の負荷を低減する「責任」と、社会に新たな仕組みを生む「貢献」という二つの柱があるが、クリエイティブセンターはそのリデザインを吉田から「宿題」として託されたのだ。

 両者を繋ぐ基盤として、私たちは「学び」という要素を新たに導入した。持続可能な社会は一企業では解決しない。ソニー自身も含めて、広く集まり、行動をアップデートできる「学びの場」を設けることが、環境活動の拡張と成長に繋がると考えたのだ。同時に、グループ内の活動を洗い出し、「地球」「社会」「人」に明快に再編集した。

 手始めに、22年9月、本社で開催した「サステナビリティ説明会」を、従来のカンファレンス形式からイベント形式に変革し、対話を生み出す「場」とした。手応えを得た私たちは、同年10月、日本最大の技術見本市CEATECで、さらにスケールアップした場を設定。出展ブース全体で、地球、社会、人、つまり極大から自分に至るストーリーを構成して各活動を展示した。これは最大30分の入場待ちができる異例の盛況となり、ソニーの環境活動の新たな一歩を踏み出せたと感じている。

 サステナビリティと事業性は、現代の経営において当然のように両立が求められるが、放っておけば現実において両者は乖離したままだ。それらをストーリーとして有機的に「繋ぐ」上でデザインが果たし得る役割は大きい。

 ここまで、前後編にわたってクリエイティブセンターの動きを紹介してきた。これらは私たちの仕事の一端にすぎないが、経営の近傍に位置する「創る」と「繋ぐ」のCreative Hubとして、プロダクトの細部から企業活動の遠望までカバーするインハウスデザインのパースペクティブ(視点)が多少なりとも伝わったのではないだろうか。

 それをソニーという企業グループの特殊性に帰する向きもあるだろう。しかし、活動一つ一つの本質は、多くの企業で日常的に手掛けられているデザインワークと同じだ。ロゴや広告であれ、プロダクトやパッケージ、UXであれ、あらゆるデザインには、経営者、あるいは事業開発者の「思い」の翻訳と可視化の要素を確実に含む。他では代替できないデザイナーの専門性は、まさにここにある。

 翻訳と可視化の精度が高いデザインには、社内外のリソースを有機的に「繋ぐ」機能が必ず宿るし、デザインを持ち込むポイントが事業設計の上流になればなるほど、経営に及ぼす効果も鮮烈になる。デザイナーが主体的に、一歩先、二歩先のビジョンを示す意識を持てば、多くの企業でデザイン活用の射程がより広がっていくはずだ。

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